第17話 業務委託

図書館の業務委託――図書館のカウンター、清掃、本の管理等の日常業務を、部分的もしくは全体的に民間企業に外注化する事。

図書館の指定管理――業務委託も含め、民間企業(またはNPO)に図書館運営の全般まで任せてしまう事。



 吉田館長と僕は、間野部長のいる鳴滝町役場の2階にある生涯学習部に向かって歩いている。

「なんか、みんな、コソコソ言ってるけど、どうしたの? 言い難い事なら別にいいけど……」

「……実は間野部長の娘さんの京子さんとお付き合いを始めたんですけど、昨日浅田さんの家族に見られちゃったみたいで……」

「えっ、……そういうことか。でもよりにもよってだね」

 吉田館長は少し驚いた後に、含み笑いをしながら言った。

「そうなんです」

 僕は、困り顔で答えた。

「でも、まあ間野部長も今年で定年だし、良い事じゃないの?」

「そうですかね」

「私にも娘がいるけど、君なら安心だわ」

「いえ……そんな事は」

 僕は、照れながら言った。

「それで……、間野部長は知ってるの? この事」

「いえ、まだ……。昨日はその話をしてたんです。どうしようかって……」

「あー、そういう事か」

 吉田館長は大きく頷いて、

「今、その話聞かなきゃよかったな」

 と、僕を横目で見ながら言った。

「どうしてですか?」

 僕が訊くと、

「だって今から会うから、そういう目で見ちゃうよね、間野部長の事。長谷川君のお義父さんになるかもしれない人かってね」

 と吉田館長は、微笑みながら言った。


 そして、階段を上がり2階の廊下を進んだ一番奥にある生涯学習部と教育委員会のある部屋に入ると、間野部長は不在のようであった。

 吉田館長は毎日のように来ているので、慣れたように空いた席に座り、近くにいた教育委員会の職員と談笑を始めた。

 僕は、普段それ程来ることもない所なので、落ち着かない様子で周りを見渡していると、吉田館長から席を勧められて座った。するとしばらくして、間野部長が市長室から出てきて、

「ごめん、ごめん、吉田さん」

 と謝りながら近づいてきた。

「いや、今着いた所です」

 そして、間野部長は僕を見ると、

「ごめんね、じゃあ長谷川君の話を聞こうか」

 と言った。

 その様子を見ると、まだ間野部長は、僕と一人娘の京子が付き合っているとは夢にも思っていないだろう……。


そして、生涯学習部の端にある2人用のソフアーには、僕と吉田館長が座り、対面にある1人用のソファー2脚には間野部長と生涯学習部の加藤課長が座った。


「それで、吉田館長からも聞いていると思うけど、今、鳴滝町の公共施設を、将来的には指定管理にしていこうと検討していてね。先ず、業務委託を始めてみようと思ってるんだ」

 間野部長は、僕の方を見て説明を始めた。

「はい」

「それで、公民館は良いとして、図書館には司書、歴史博物館には学芸員と専門職員がいるからね。その辺りの事を聞いておこうかと思ってね」

 間野部長の渋くて落ち着いた口調での話しぶりを聞きながら、先日京子が言っていた家での様子が思い出されて、心の中で笑っていた。

「業務委託だけなら、図書館の場合ですと、パートさんにお願いしている賃金との比較では、メリットがないと思うんですけど……」

「――いや、正規職員5人のパート7人だろ。正規2人でいいと思うんだよな」

 間野部長の隣に座っている加藤課長が話をはさんだ。

「あっ、……パートさんだけじゃないんですか」

 僕は少し驚いた様子で言った。

「うん、管理する人間が2人いればいいだろ。何かあった時は、生涯学習部から行けばいいんだし……、ここから5分で行けるしね」

 加藤課長の話ぶりは高圧的だ。僕の隣に座っている吉田館長の心配そうな視線を感じる。


「管理するだけですか……。でも、鳴滝町の職員に町の図書の事を知っている人間は必要だと思うんですけど、今までも前任の家田さんから、僕が選書とか除籍のこの町の基準っていうか歴史を引き継いで来てますし……。それを、全部民間に任せちゃうのは……」

「――それは、別に問題にならないでしょ。今ではシステム化されてるから、そんな事は、データでいくらでも残していけるし……。君も若いんだから、そんなこと分かってるだろ?」

「そんな事って……」

「それに、管理する職員も、一応いるんだから大丈夫だと思うんだけどな。――まぁ、それも指定管理にして、全部民間に任せちゃおうってのが、次の段階なんだけどね」

 加藤課長は、意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「まぁ、加藤さん。まだそこまで飛躍しない方がいいわ、決まった事じゃないから」

 吉田館長が、加藤課長をたしなめるように言った。

 間野部長は、先程から黙ったまま、時折頷いている。

「はい、はい」

 加藤課長はふて腐れたように返事をした。


「あとは今、図書館がやっている学校図書室や、公民館図書室の所蔵図書の管理を、委託会社が引き継いでもらえるのかっていう事も問題になるかもしれません。そういう事を断られている図書館もあるって聞いてますので……」

 と、僕が言うと、

「そんな細部の事は、今後でいいと思うけど、委託された会社にやらせりゃいいじゃん。生涯学習部で一旦受けてから、図書館に回してもいいし……」

 と、加藤課長は少しイライラしたように話した。

「――うん、分かった、ありがとうね、長谷川君。参考にする」

 黙って話を聞いていた間野部長が口を開いた。

「あっ、はい」

 吉田館長も黙って、間野部長に軽くお辞儀をして、席を立った。そして、

「さあ、行こう。長谷川君」

 と即すように言った。


 図書館に戻ると、吉田館長にミーティング室に誘われた。

「あれはさ、もう指定管理までやるのが決まってるんだよな、役所的には」

 吉田館長は、僕に気を使って優しい口調で言う。

「はい」

 僕も、あの様子からなんとなくそれは感じていた。

「だから、君の意見を聞くのも、まあ、……形式的なもんなんだよな」

「……」

 僕は、黙って頷いた。

「いやな世界だけどね、ほんと」

 吉田館長は、苦笑いをしながら言った。

「君は、……まだ若いから、納得できない事も多いだろうけどね」

「はい、すいませんでした」

「うんうん」

 吉田館長は優しく微笑みながら頷いて、

「それに、今回、間野部長が君を呼んだのは、これを実施していく為に、吉岡君やパートの人を説得する役割をやらせるつもりなんだよ」

 と、ためらいがちに言った。

「……僕には、重荷です」

 僕は両手を組んで、下を向いたまま、きっぱりと言った。

「うん……、まぁ管理する立場なんだから、私がやるけどね、もちろん」

 吉田館長は、視線を落として、元気なく言った。


 そして、事務室に戻ると、電話をしていた吉岡さんが、

「どうだった?」

 と訊いてきた。

「う、……うん」

「あら、あんまりいい話じゃないみたいね……。今度じっくり聞くわ」

 僕の様子を見てそう話すと、彼女はまた電話をかけ始めた。


 鳴滝町立図書館は、これから大きく変わっていくことになる。僕はこの時、これから起こる事を考えると、重い気持ちになっていた。



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