第14話 告白の瞬間(とき)

 今日、明日の土曜、日曜日には、図書館の駐車場に設営したイベントステージでは様々な催しが行われている。鳴滝町では、一昨年度からこの図書館フェスティバルを町全体の行事としているので予算もたくさんつけてもらえて割と贅沢なイベントを実施出来た。

 今年は吉岡さんの発案で、動物の着ぐるみを着た5人に、前半は子供たちとゲーム等をして遊んでもらい、後半は着ぐるみの動物達に自分と同じ動物の絵本を読んでもらうといった企画にした。

 これは土曜日、日曜日ともに盛況で、企画した吉岡さんも、とても嬉しそうだった。

 

 そして、フェスティバルも順調に最終日の日曜日となっている。


 昼過ぎになると、今日のメインの大城さんもタクシーで到着して、控室で用意した弁当を食べていた。

 そして、僕は図書館の階段を下りて、事務室の隣に仮に設けた大城さんの控室の扉をノックした。

 はい、扉の向こうから懐かしい大城さんの声が聞こえる。

「お食事中にすいません、長谷川です」

 僕は、少し緊張して声を発した。

「おー、洋介か。入ってこいよ」

 そして、僕は扉をゆっくりと開けて中に入った。

「大城先輩、ご無沙汰してます」

 おう、と言って大城さんは右手を前に出したので握手をした。そして笑顔で、

「今回のイベントの責任者らしいな、お前。……偉くなって」

 としみじみと言った。

 

「何言ってんですか。大城さんに比べたら……僕なんて、ただの町の職員ですよ」

 僕は、右手を左右に振った。

「それが、一番安定してていいんだよ。――あっ、それで、今日の予定か」

「はい、それで……」

 僕は大城さんに今日のフィナーレまでの流れを説明をした。

「うん、了解。あっ、一応マイク2つ出しといて。それと……客をステージに上げるかも知れないからそのつもりで」

「はい、分かりました。では、お願いします」

 そう言って、僕は控室の扉を開けて外に出ようとした瞬間、

「あっ洋介。そう言えば……」

 と、何かを思い出したように大城さんは言った。

「はい?」

 僕は、扉の取っ手を握ったまま、振り返る。

「いや、……いい。ごめん、じゃあよろしくな」

 大城さんは、微笑みながら右手を振って、また弁当を食べ始めた。

「では、失礼します」


 そして、イベントは順調に進み、大城さんの本の朗読とミニコンサートの時間となった。今回のメインイベントという事で、大勢の聴衆の後ろには三船町長や間野部長が後ろの特別席に座っている。間野部長の隣には京子さんもいた。僕は彼女と偶然に目があったので軽く頭を下げると、微笑んでくれた。


 今日はこの為に、セキュリティー会社の警備員を通常より多めに頼んでおいたので、大きなトラブルもなく、大城さんのイベントも無事に終了した。


 三船町長のフィナーレの挨拶も終わり、続々と参加者が帰って行くのを見送っていると、吉田館長が僕の所にやって来て言った。

「長谷川君、三船町長が大城さんを見送りたいって言ってるから、彼を迎えに行ってくれる?」

 

「はい、分かりました」

 僕は、帰り支度で控室に戻っている大城さんを迎えに行く為に、図書館に戻るとちょうど京子さんが地下1階への階段を下りて行く所だった。

(あれ? 京子さんどうしたんだろう?)

 僕も階段を下りて行くと彼女は大城さんの控室の扉を閉める所だった。僕は胸騒ぎをしながら扉の前に立つと、部屋の中から声が聞こえてくる。

「京子ちゃん、ごめんね、わざわざ」

「いえ、大丈夫ですよ」

「うん、それで……考えといてくれた? 俺との事」

 えっ? その瞬間、僕は衝撃を受けた。

「うん……」

「どう?」

「……ごめんなさい。大城さん。私……、ずっと想っている人がいるの」

「ははは、……そうか、振られちゃったか」

「ごめんなさい」

「ううん、いいよ。でも、いつまでも君に片思いさせとくなんて、ひどい奴だな」

「……」

「……さてと、じゃあ東京に戻るよ。今日はこれから仕事なんだ、頑張ってね、京子ちゃん」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあね」


 僕は慌てて事務室の中に入り、物陰に隠れた。そして京子さんが階段を上がって行くのを見届けると、少し間をおいてから大城さんのいる控室の扉をノックした。

「はい、どうぞ」

 いつもと変わらない大城さんの声が聞こえたので、僕はゆっくりと扉を開けた。

「すいません、大城さん。町長がお待ちですので、そろそろ……」

「おー、洋介か。うん……、じゃあ帰るかな」

 大城さんは何事もなかったかのように振る舞っている。

「今回は色々とありがとうございました。お陰様で盛況で終わりました」

 僕が頭を下げると彼は、

「今回は俺、町長のお友達って事だからな、……今まで会ったこともない奴なのにな」

 と、口角を上げながら、小声で言って僕を見ると、なにか思い付いたように、

「――あっ、そうか! そう言う事か」

 と独り言を言ってから、もう一度僕を見つめて、

「お前、いい加減にしろよ」

 と笑いながら僕の胸をトンっと優しく叩いた。

「どうしたんですか?」

 僕が慌ててそう言うと、

「いや、悔しいから教えてやんない」

 と意地悪っぽく彼は言って、自分の鞄を抱えると部屋を出て階段を上がって行った。

 そして、図書館を出て町長の所に向かう間、大城さんは前を向いたまま、

「彼女はモテるからな、早くしないと今度来た時は力づくで持ってくぞ」

 と言ってから僕を横目で見て微笑んだ。

「……はい、すいません。分かりました」

 僕は彼に真剣な眼差しでそう答えると、ニコっと笑って僕の肩を叩いて小さく頷いた。

 そして、三船町長と話し始めたので、僕はお辞儀をしてその場を離れた。

 

 そして、図書館フェスティバルは無事に3日間の予定を全て終えた。レンタルしていた物の業者さんへの返却や駐車場のステージの解体撤去など、今日中に片付けなければいけない事があるので、みんな大急ぎで作業を始めている。


 僕はみんなに指示を出しながら今回のイベントを行った場所の見回りをしていると、京子さんともう1人の桃山保育園の保育士さんが、今回のイベントで使った物を箱に詰めている所だった。

「あれ? 京子さん。どうしたの?」

 僕は、さっきまでの大城さんとの会話の事もあって彼女に意識してしまっている。

「うん、今回うちの園児達もお世話になったから……」

「気にしなくて、いいのに……」

 僕はそう言いながら、大城さんと京子さんのやり取りが頭に浮かんでくる。

「そういえば……」

 ――その時、僕のスマホが鳴った。

「はい、あっ、じゃあ今から行きます」

「レンタル業者さんが来たらしいから行くね。京子さん、あんまり無理しなくていいからね。……あっそれとこの後の打ち上げ2人分空けとくから来てね」

「うん、ありがとう」

 京子さんは笑顔で答え、僕はその場を離れた。


 そして、イベントの後片づけも終わると、役場の近くの料理屋で打ち上げが行われるので、関係者はそちらに向かって歩き出していた。集合する時間が既に20時なので1時間くらいの細やかなものである。


 僕は、みんなが打ち上げ会場に向かって行く中、責任者として最後の見回りをしていた。

 そして、図書館の消灯をして外に出ると、京子さんが1人で立っていた。

「どうしたの? 打ち上げに行かないの?」

「う……、うん」

 彼女は俯いたままだ。僕は、

「今日は、片付けまで手伝ってくれてありがとう……」

 とお礼を言った。

「――ねえ、長谷川君……」

 うん? 僕は彼女の普段との様子の違いに気づいた。

「私達、知り合ってからもう長いね……」

 彼女は顔を上げると、ゆっくりとした口調で話し始める。

 うん……、そうだね。僕は頷いた。

「高校の図書室で話していたお互いの夢って、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

「……2人とも、実現したよね」

 少し微笑みながら京子さんは言った。僕も、

「本当だね」

 と微笑んだ。

「でもね……、実は、私のもう1つの大切な夢はまだ実現してないんだ……」

「――ちょっと待って、京子さん」

 その瞬間、僕は右手を前に出して、彼女の言葉を止めた。

 ん? 彼女は、不思議そうな顔をして僕を見ている。

「その先は僕が言うよ……」

 僕は真剣な顔で、京子さんを見つめて言った。

「えっ?」

 彼女は少し驚いている。


 静寂な時間が流れた。

 僕は少し沈黙してから、意を決したように京子さんを真っ直ぐに見つめて、

「……高校生の頃からずっと君が好きだった。もちろん今も」

 と言った。

 京子さんは濡れた目になりながら、僕を無言で見つめている。

「俺……ずっと弱くて、今まで君に告白できなかったんだ。ごめん……」

「……ううん、いいよ」

 彼女は首を小さく左右に振ってから、優しく微笑みながら、僕をもう一度見つめ、

「私も、ずっと長谷川君が好きだった。でも……、もう、待つのを止めようと思ったの」

 と言った。

「ごめん、待たせて……。そして、ありがとう」

 図書館の外灯が照らしているだけの薄暗い駐車場で、僕は京子さんを衝動的に抱きしめ、京子さんも僕の腰に手を回してくれた。




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