第12話 新しい図書館

 8月も終わり小中学生が学校に通い始める9月になると、日中は利用者も減り、図書館も落ち着きを取り戻し始める。そうすると、今まで後回しになっていた事を色々考え始める時期になる。


 今日は、火曜日に行われる朝のミーティングの中で、少し前に問題になった返却ポストや、雑誌の盗難が話題になった。


「それで、一応返却ポストのボックスと盗難防止のゲートの予算計上をしていて、来年度には買ってもらえそうなんだけど……」

 吉田館長が、みんなの前で説明していると、横田さんが、

「――でも、来年は図書館システムの更新とかもあるから、そんなにお金つきますかね」

 と心配そうに言った。

「うん、それもそうなんだけど、……それとは別の話でさ……」

 吉田館長が、少し身を前に乗り出して小声になった。

「去年新しく町長になった三船町長が、選挙の時に、生涯学習環境の整備を公約にしたから、その目玉に図書館を新しく作りたいって言っているみたいなのよ、でも……まだ内緒だから他に言っちゃだめだよ」

 へえ……、吉岡さんがうれしそうな顔をしている。

「だから間野部長も、今買っても無駄になるかもしれないから、やめとこうかって言い出してさ」

「でも、新しく出来る公共図書館ってどこも計画してから短くても4、5年掛ってますよね」

 僕がそう言うと、

「うん、そうなんだよね、だから今買っても、そんなに無駄にはならないと思うけどね」

 と、吉田館長も頷いている。

「……それで、町長や議員さん達が、視察出来るような図書館の情報を集めといてくれっていうのが、今回依頼されている事なんだ」

「そういう事ですか」

「うん、それで、……長谷川君と吉岡さんで、今月末くらいまでに視察先の情報を調べてリスト化しといてくれるかな」

「はい、分かりました」


「……でも、どうやって調べればいいんだろうね、視察する図書館なんて」

 昼食後の休憩時間中、吉岡さんはドリップコーヒーを入れながら、僕に訊いてきた。

「来週の司書会でみんなと会うからその時、聞いてみるけど、……大崎町とか去年新しい図書館になってるから、きっと南さんとか調べてただろうしね」

「うん、そうだね」

 吉岡さんは、図書館向けの情報誌である『図書館雑誌』のページを捲りながら頷いている。

「あっそれにも載ってるでしょ、新しい図書館の情報」

 僕は彼女が読んでいる雑誌を指差して言った。

「うん」

「それを見て、ネットで詳しく調べてもいいね」



 それから数日後……、今日は6か月に1度、この地域の図書館司書が集まって情報交換をする日だ。その為、僕と吉岡さんは車で新しく出来た大崎町の図書館に向かった。通常はこの情報交換会は持ち回りだが、今回は見学を兼ねて大崎町立図書館で行う事になっている。


「大崎町も今はほとんどの図書館職員は民間の受託会社の人なんだよね」

 助手席に座っている吉岡さんが、図書館雑誌をめくりながら話している。

 僕は、うん、と言って頷いてから、

「でも……、どうなんだろうね、公共図書館って『無料の原則』っていうのがあるから、民間企業の利益の追求っていう考え方にそぐわない気がするけどね」

 と言った。

「うん、そうだよね」


 そして僕は、30分ほど運転すると、大崎町の大崎高野駅のすぐ隣にある大崎町立図書館に到着した。この図書館は、5年前に大崎高野駅前の再開発の目玉として計画され、今年出来た図書館である。


「うあー、綺麗だね」

 吉岡さんが急いで車を降りると、図書館の正面に立って感動している。  


 大崎町立図書館は、2階建ての真っ白な建物でガラスが多く使われた開放的な図書館だった。駅とは繋がっており、2階の渡り廊下を歩いてそのまま図書館へ入る事が出来る。


 僕と吉岡さんは、建物の裏手に回って従業員専用の扉の横にあるインターホンを押すと、中から南さんの声が聞こえてきた。

「やあ、久しぶり」

 小太りで人懐っこい顔をした南さんが、左手で扉を開けながら、右手を上げた。

「そうか、南さん開館準備で忙しくて、ここ2回くらい司書会も来てなかったですね」 

 僕がそう言うと、彼は頷きながら、

「そうそう、だから1年振りだよね」

 と言った。

「……少しお太りになられました? 南さん」

 吉岡さんが茶目っ気たっぷりに言うと、

「……ストレス太りです」

 と言って、南さんが笑ったので、僕も釣られて笑った。


 そして、僕達2人は事務室の隣にある会議室に鞄をおいて、新しい図書館の館内を、南さんの案内で見て回った。

「お金かかってますね、家具も全部木製じゃないですか」

 僕は、驚いた様子で南さんに言った。

「うん、駅前開発の一環だったからさ、かなり予算が付いてね。まあ……、でも図書館単独なら無理だよ」

「なるほど、でも見慣れない家具もいっぱいありますね。……独立した予約コーナーもあるんだ」

「うちもバーコード管理からICタグに変えたからね。いろいろ出来る事が増えたよ」

「あ……、そうだった。ICタグを導入したんですよね」

 吉岡さんが、思い出して言った。

「うん。思ってたより時間掛かったけどね……」

「――そう言えば、南さん」

 僕は、南さんに近づいて小声で話す。

「ん? はい」

「まだ内緒なんですけどね、どうやらうちも新しい図書館に向けて動き出すみたいなんですよ」

「へー、いよいよこの地域最古の図書館も新しくなりますか」

 南さんはやや大げさに驚いた。

「――まだ、内緒なので」

 僕は指を口に持っていった。

「あーごめんなさい」

 南さんは、太った体を小さくして小声になった。

「それで、議員さん達の視察先を調べとけって上から言われまして……」

「――うんうん、リストありますよ、うちも何回も行ったからね、お偉いさん達。……今度メールしときます」

「すいません、ありがとうございます」


 そして、会議室へ戻ると、そこには周辺地域の図書館司書が15名程来ていて情報交換を行った。今回は大崎町の図書館という事で、ICタグと民間委託の話が中心であった。

 そして情報交換会が終わり数人は、本来の目的でもある、駅前にある酒処に出かけて行った。


 僕と吉岡さんは車で来ているので、南さんに帰りの挨拶をしていると、

「多分ね、来年は私もういないと思うので、ひょっとしてこれが最後になるかもしれません」

 と、彼は言った。

「えっ、どうしてですか?」

 吉岡さんが驚いて訊くと、

「来年から、指定管理者制度を本格的に導入するみたいなんだ、もう行政職員は必要ないって事になるね、図書館には……」

 と寂しそうに言った。

「それで、南さんは?」

「多分、役場のどっかの部署に行く事になるだろうね。もう司書資格は必要ないだろうけどね」

 南さんは自嘲気味に笑っている。

「ひどい話ですね。民間の会社に図書館の管理と運営全て委託しちゃったら、良質な無料サービスなんて出来っこないですよね」

 吉岡さんはかなり憤慨した様子で話している。

「まあ、良い事もあるだろうからね。もう、そういう時代だよ。まだ……この辺は田舎だから遅いほうだ」

 南さんは諦めた様子で話した。

「うん、そうかもしれませんね」

 僕も頷いた。




 帰りの車の中でも吉岡さんの怒りは収まらず、

「鳴滝町に、もし新しい図書館が出来る時にこの話題になったら、絶対に阻止してやるんだから」

 と、車の助手席で鼻息を荒くしていた。




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