第9話 大村公民館の移転

 僕は今日、大村公民館に来ている。隣の空き地に建設中の、新大村公民館がいよいよ来月完成するので、その移転に伴う引っ越しの打ち合わせが午後からある為だ。

 僕は一応、公民館の中の図書室の引っ越しの責任者という事になっている。


 公民館の2階にある会議室に入ると、引っ越しや什器家具の販売店など入札等で決まった業者が来ていて、僕が会議室に入ると、直ぐにその人達と名刺交換をしてから公民館の担当者側の席に座った。そして、開始の時間になると、神田館長と2人の公民館の担当者が入ってきて会議が始まった。


 ――本の引っ越し作業というのは結構大変な作業である。一般的に図書館や図書室の書架に配架されている本は、『日本十進分類法』という本の分類法で定められた番号順に並んでいる。歴史や文学、芸術など元となる区分から細分化されて、最大で1000区分まであり、基本的にはその順に本を並べていかなければならない。

 しかも、番号以外にも、作者名とか並べ方に独自のルールもあるからやっかいだ。貸出中の本の予測や、利用者が本を探しやすいように適度な空きスペース等も必要になる。今回4万冊程の量なので規模としては多くないが僕としては初めての経験だった。


 新規の家具や什器の搬入スケジュールの説明が納入業者からあり、その後に引っ越しの話になった。ところが、引っ越し業者の説明では、本の引っ越しについての説明がほとんどされなかった。

 僕も今日の為に、知り合いの司書に書籍の引っ越しのやり方をある程度訊いていたので、

「配架する時の、棚番号とかの指示はいつまでに作って渡せばよいですか?」

 と業者に訊いてみた。

 すると、その担当者は、

「いや、奥の方の書架から、順番に本を詰めて置いていくだけだと考えてますけど……」

 と簡単な答えが返ってきた。その瞬間、僕は呆然として黙ってしまった。

 そして、神田館長が、この件については再度打ち合わせすることにしよう、と言ったので、他の話を進めていった。


 休憩中、僕は神田館長に呼ばれて、会議室の隣の小部屋に入り扉を閉めると、

「館長、引っ越し業者を決める前の打ち合わせの時に、本の引っ越しの話をして下さいってお願いしましたよね?」

 と、少し語気を強めて言った。そして、神田館長は黙って頷いて、

「一応、参加業者への説明の時には話したんだけどな、ただ……細かいやり方までは業者に任せるって事にしたんだ。……役場の契約課からも指示は細かくするなって言われてな。今、いろいろとうるさいからさ、どこの業者でも参加し易いようにしなくちゃいけないんだよ」

 と、困った様子で話した。

「それにしても……これだと」

 僕がなおも食い下がると、それを遮るようにして、

「――まあ、なんとかするしかないんだよ、業者もこの内容で決まっちゃってる訳だし」

 と言って、神田館長は部屋を出て、隣の会議室へと戻っていった。


 

 結局その後の会議は、僕は不機嫌な様子で座っていた。……引っ越しについては、本を適当に書架に並べられても後が大変なので、図書室に箱のまま置いてもらって、後は僕たち図書館職員がやることにした。


 会議が終わり公民館を出ようとした所で、神田館長が僕を追いかけてきた。そして神田館長が手招きしたので、公民館の裏手にある喫煙場所に一緒に歩いた。

 そこで彼は、僕に缶コーヒーを手渡すと、自分は煙草に火を点けて吸いながら、

「洋介君、君も図書館司書の前に鳴滝町の職員なんだ。役場が決めた事には、従うしかないんだよ」

 と、諭すように言った。

「……はい、すいませんでした」

 僕が頭を下げると、

「うんうん。まだ若いから、熱くなるのも分かるけどな、俺も、そんな時代あったかな……」

 と頷いてから、神田館長は少し寂しげに笑って、煙草を吸った。

「では……報告もあるので、帰ります」

 僕がそう言って頭を下げると、彼は微笑みながら、右手を上げて背を向けた。


 そして、図書館に戻り事務室に入ると、閉架書庫にいた吉岡さんが僕に気付いて近づいてきた。

「どうだった? 大村公民館の件」

 僕が吉岡さんに伝えると、案の定短気な彼女は怒りだして、

「――ひどいね、それ! 勝手に決めちゃって」

 と言って、今にも神田館長に電話をする勢いだった。

「まあ、でも……しょうがないんだって。役場が決めた事だから」

 僕も納得はしていなかったが、彼女の怒りの凄まじさを見て、逆に冷静になった。

「それにしても、ひどくない? 結局、私達がやるんだからさ!」

 僕はこの時、そのまま彼女に伝えた事を後悔していた。


 すると、館内の見回りからもどってきた吉田館長が、事務室に戻って来て言った。

「そう言えば、さっき神田さんからお詫びの電話があったよ。……それで本を並べる時は公民館の職員も手伝うって言ってたよ」

「そうですか……」

 僕はそれを聞いて、神田館長に申し訳ない気持ちになっていた。きっと公民館の職員からは、厳しく言われてる事だろう。

「……うん、まあこういう時もあるよ」

 僕の様子をじっと見てから、吉田館長は微笑みながら肩に優しく手を乗せてそう言った。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます