最終話:これからのことはわからない

「おお、禄に楽日。おかえり。見たところ、二人とも無事だったようだな。いやぁ、よかったよかった。飯が出来ているぞ。多めに作っておいたのだ」


 僕らを迎えたのは、美味しそうな朝食の香りと、微笑む睡蓮だった。

「……は?」

「どうした禄。呆けていないで、運ぶのを手伝え」

「いや、いやいやいや。待って。待とう。うん……なんで!?」

「はぁ? 貴様がそうし……まさか! わざとじゃないのか!?」

「知らないよ! 何のこと!?」

「く……くはは! そうか、そうだったのか……! 貴様はやはり、どうしようもなく馬鹿だなぁ」

 笑いを堪える睡蓮は、腹を抱えて目尻に浮かんだ涙を拭った。睡蓮は何が起きているのか分かっているみたいだけれど、僕はもちろん、楽日もこの状況に置いてけぼりだ。

「え? 禄、どういうこと?」

「僕も分かんないんだけど……」

「私は分かっているさ。しかしまぁ……楽日は怒りそうだなぁ」

 味噌汁をよそいながら、睡蓮は言った。お盆に乗せて三つの味噌汁をテーブルに並べると、トコトコとこちらに歩み寄り、自分の腕を僕に向けた。そこには、絆創膏が一つ貼ってある。その絆創膏を剥がした睡蓮は、赤い傷跡を指差して言った。

「見ろ。傷が治らん」

「え? うん」

「傷が治らんのだ。不死性が消えている。確かに、考えてみれば命を奪う必要は無かったな」

 睡蓮は「わざとそうしたのだと思っていたが……」と続ける。


「なぁ禄。貴様、不老不死のほうを奪ったな?」


 空気が固まった音が聞こえた気がした。

「……不老不死……? 禄が……?」

 固まった空気の中、最初に声を発せた楽日は、僕を震える手で指差しながら、睡蓮に問う。

「ああ。私はてっきり、分かってやったのだと思ったのだがな」

「…………禄が……? 不老……不死……?」

「そのようだ」

 腕を組んで頷く睡蓮は、神妙な顔をして言う。

「大変だぞ? 頑張れ」

「ろ、禄! あんた! 何してんのよ!」

 両肩をつかまれ、がくがくと前後に振られる。

「……はっ!」

 慌てる楽日のおかげで、ようやく停止していた思考が動き出した。

 そういえば、睡蓮から奪った直後に傷が治っていた。命が二つあったところで、傷が治るなんてないか。あの時に気づけよ、やっぱり馬鹿なのか僕。

「ら、ら、楽日! どうしよう!? 僕、不老不死になったっぽいんだけど!?」

「どうしようじゃない! 何してんのよ馬鹿!」

「えーっと……じゃあ睡蓮! どうすればいいのこれ!」

「私に聞くな。知らんわ」

「そっか! だよね! とりあえず生きていてくれてありがとう! すごい嬉しい!」

「どういたしまして」

「それどころじゃないでしょ!」

「そうだった! うわ! どうしよう!?」

 あれ? 本当にどうすればいいんだこれ。

 不老不死……?

 不老不死かぁ……。

「ねぇ楽日」

「あによ!」

 怒れる楽日は、僕に鬼の形相を向ける。しかし、当の本人である僕は、混乱でその表情に恐怖を覚えるとか、それでどころではなくなっていた。

「どうしよう……これ」

「知っらないわよ! どうにかするしかないでしょうが! 馬鹿ぁ!」

 叫ぶ楽日に、僕は顔が引き攣る。どうしよう。これ本当にどうしよう。

「経験から言わせて貰うと、諦めて楽しむしかないぞ。死ぬ方法など、まず見つからん。私は五百年生きてようやく見つけたのだ」

「いや、でも、ねぇ僕はどうすれば!?」

「まずは朝飯だ。死にはせんが腹は減る。それから考えようじゃないか」

 この場で唯一冷静な睡蓮は、のんきに朝食を勧めてきた。僕としてはもうちょっとでもいいから考えて欲しい。

 身勝手にもそんなことを思ったが、ふと僕は自分ではなく、目の前の揺れる白い髪の少女のことが気になった。

「あれ? そういえば、睡蓮はどうするの?」

「うん? そうだな。不老不死が貴様に奪われたのだ。ならばここから体も成長するだろう。であれば、今までと変わらん。死ぬまで楽しむさ。今まで出来なかったことも含めてな。出来れば、ここでまだしばらく厄介になりたいのだが、よいか?」

「あ、うん。分かった。よろしく」

「何で今その話なのよ! それどころじゃないでしょうが! どうすんのよあんた!」

 のんきな会話をする僕と睡蓮に、楽日は噛み付かんばかりの怒号を浴びせていた。なんか、僕は一周回って冷静になりつつある。どうしようかなと考えた結果、思いついた回答はこうだ。

「諦めて楽しむしかないみたいだし、とりあえずそうするよ」

「うわぁ……知ってたけど、やっぱり馬鹿なんだ……!」

 楽日は呆れて頭を抱えた。不老不死と言われても、正直あんまり実感が湧いていないのも事実だ。体は健康なのだし、今は楽観しておこうと思う。

 楽日が頭を抱えると同時に、玄関の扉が勢いよく開いた。聞いた事も無い音が聞こえたから、どこか壊れたかもしれない。

「だぁあ! お前ら! こっちにいやがったか! 勝手に抜け出してんじゃねぇよ! お父さん走り回って冬なのに汗だくだぜ!? おっさんに無茶な運動させんなよ!」

 飛び込んできた父さんは、入ってくるなり僕の頭に拳骨を落とした。

「いったぁ……!」

「あ! おじさん! 禄! 禄が!」

「うちの馬鹿息子がどうした!?」

「不老不死になっちゃって!」

「はぁ!? さっぱり分かんねぇけどこの馬鹿息子が!」

 二発目の拳骨が飛んだ。

「痛いよ! 分かんないなら殴ること無いじゃん!」

「るっせぇ! とりあえず無事でよかった! 後でちゃんと事情説明しろよお前!」

「そうよ! ちゃんと説明しなさいよね!」

 服を掴み、楽日は僕を遠慮なく揺すった。

「騒がしくなったな。なぁ、とりあえず飯にしないか? 私は腹が減った」

 睡蓮は腕を組んで僕らを眺め、お腹を鳴らした。なんでこの空間で平然としていられるんだろう。四人中三人が騒いでいる場所で、一番小さい女の子が冷静に空腹を訴える風景はなかなかに異質だった。

「楽日……ストップ……ストップ……! 気持ち悪い……!」

 揺らされる頭で、ぼんやりと考える。

 父さんはこうして僕を叱ってくれるだろうし、楽日はこれからも僕を心配してくれる。睡蓮にはそうだな、これからいろいろと相談に乗ってもらおうことになりそうだ。

 日常は一瞬で一度壊れ、おかしな形でまた日常を形作った。

 これからも騒がしい日常は続くのだろう。

「楽日、楽日……ちょっと……」

「あによ!」

「これからも、よろしくね」

 笑ってそんなことを言ったら、「分かってるわよ!」と顔を赤くして怒られた。

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僕が君から『奪う』まで 狛人 白璃ーコマビト ハクリー @hakuriiro

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