第9話:ハンバーグの昔話

 出来上がりますは、ケチャップのかかったハンバーグ。昼からハンバーグ作ることになるとは思わなかった。昼食でこんな手間のかかるものを作ったのは初めてかもしれない。

「たまにはよくない? なにか文句でもある?」

「ううん。何も。折角作るなら、喧嘩した相手でも、最初はおいしいもの食べてもらいたいもんね」

「……その、分かってるって感じがムカつくわ」

「なんでさ」

「乙女はもっとミステリアスでいたいの。掴み所の無い、謎の美女的な。でも、分かって欲しい所を分かってくれなかったら、それはそれでムカつきますのであしからず。そんな私です」

「うわ。めんどくさ」

「お互い様よ。禄も十分めんどくさい。さ、冷めないうちに運んじゃいましょ」

 楽日は皿に盛り付けたハンバーグを運ぶ。追いかけるように、ご飯をよそった茶碗と食器を運んだ。リビングでは、最初のテンションに疲れたらしい睡蓮が、クロを枕にごろごろとしていた。

「できたわよ。起き上がって座りなさい」

「うむ。ご相伴にあずかろう」

 白い髪が重力に従って揺れる。立ち上がった拍子にその髪が顔に触れたのか、クロはくすぐったそうに後ろ足で顔を掻いた。

「む…………はんばーぐ……か……」

 運ばれた料理を見て、睡蓮はなんとも微妙な顔をした。楽日が「もしかして、嫌いだった?」とどこか残念そうに問うと、「いや、嫌いではない。嫌いではないのだが……」と煮え切らない返事をする。次の言葉を待つと、睡蓮は観念したように言った。

「苦手ではある。禄が終点であるなら、こいつは始点だ。美味いが、忌々しい」

「とりあえず、食べられるのよね?」

「それはもちろんだ。出されたものを食わぬほど、私も無礼ではない。それになにより、これは美味そうだ。見た目も、香りも、食欲をそそられる。楽日は料理が上手いのだな」

 嘘偽りの混ざる余地の無い真っ直ぐな声に、楽日は恥しそうに顔を背ける。睡蓮を見ないまま、ぽそぽそと声を溢した。

「次は、一緒に作りましょ」

「うむ。そうしよう」



 ハンバーグを一口頬張り、「うまいなぁ……♪」と目一杯幸せそうな顔を見せた後、白い髪を揺らし、料理を前に睡蓮は唸る。

「折角だし話そうか。……何から話したものか……」

「別に、無理して話さなくてもいいよ?」

「そうもいかん。私を理解したうえで、納得できたら命を奪うと言ったのは貴様だからな。なに、昔話程度に聞いてくれればよい」

 頷くと、睡蓮は満足そうな頷きを返してきた。それから、皿のハンバーグに視線をやる。その目は、悲しみと哀愁に、どこか懐かしさを含ませる不思議な視線だった。

「この料理のせいで、私は不老不死になったのだ」

「言っておくけど、私の料理にそんな不思議効果は無いわよ」

「わかっとるわい。私が食わされたのは、今は作れるものではない。材料がいないからな。貴様らも聞いた事はあるだろう。河童や人魚の肉を食えば、不老不死を得られる、とかな」

 再度ハンバーグを頬張り「あれはこんなに美味くなかったがな」とけらけら笑う。

「確か、材料は人魚と河童、あと、ぬっぺふほふとか言う妖怪の合挽き肉。それと、インドだったか? の、賢者の石とされる三種の塩だとか。肉のつなぎに使ったのだな。で、焼きあがったそれにかかっていたのは、仙桃が材料のタレだと言っていた」

「ふぅん。合挽き肉とお塩かぁ……。確かにハンバーグが作れそうね」

「味は想像できないけどね。河童とか人魚って本当にいたんだ」

「昔はいたさ。今はもう見ないがな。河童の肉も、人魚の肉も、仙桃も賢者の石も、それぞれが不老不死を与えるといわれているが、単体では効果が薄い。せいぜい寿命が延びたり健康になったりする程度だ。だが、それらを一度にその身に取り込めば、不老不死にまで至るようだ」

 睡蓮は咳払いをして続ける。

「それを食わされたのが、私の始まりだ」

「食わされたの? 自分から食べたんじゃなくて?」

「ああ。当時、まだ人攫いが多くいた頃、不老不死を求める馬鹿に攫われたのだ。怪異の肉や、桃源郷の果実、人智を外れた賢者の石。食うとはつまり、身に取り込むということだ。果実や塩ならいざ知らず、問題は怪異の肉だ。そんなことをして、身体が持つ人間は少ない。基本的には死ぬ。私は奇跡的に受け止めきれたようだが、私の前に何人がそれで死んだかは知る由も無い」

 一度話を止め、睡蓮はハンバーグを頬張る。美味しいと顔を綻ばせた彼女は、続ける。

「そのまま食えばほぼ間違いなく死ぬが、それでも食いたい。ならば、どうすればいいと思う?」

 睡蓮は楽しそうに笑って僕らに問い掛けた。その目が孕む光は、怪しく冷たい。

「食べなきゃいいじゃない。そんなの。馬鹿じゃないんだから。健康になれるから、即死する毒キノコ食べなさいって話でしょ? 食べるほうがどうかしてるわ」

「くふふ。そうだな。その通りだ。だが、諦めなかった奴もいる。不老不死は、人類の夢ともいえるからな」

「ヒント頂戴よ。ヒント」

「そうだな。うーむ……食ったものは、やがて血肉となると言ったところだ。河童や人魚は不老不死らしいぞ?」

「……?」

「よく考えてみるといい」

 促され、言葉を整理していく。楽日も少し考える仕草をしたが、面倒になったのかハンバーグを頬張った。この場で答えを求める人間が僕だけになってしまったようだ。

「簡単だぞ」

 睡蓮は、柔らかい笑みを浮かべて、また一口ハンバーグを頬張った。

 食ったものが血となり、肉となる。食ったものとは、不老不死の怪異の肉をはじめとする、不老不死へ至るための物だ。それを睡蓮は、不老不死を求める人間に食わされた。

 食わされた理由はなんだろう? 不老不死を求める人間が、その可能性を他人に食わせた理由は。

 睡蓮は食わされ、奇跡的にも彼女は不老不死になった。

 怪異の肉をそのまま食えば、多くの人間の体は耐えられない。

 不老不死の怪異の肉を食わされ、彼女は不老不死になった。

 不老不死の肉を食えば、不老不死が得られる。

 つまり、問題は、その肉が怪異の肉だということで。

 怪異でなければ、解決する話で。

 ――不老不死の肉を持つ者が、怪異でなければいい。

「………………君を……?」

「ああ、そうだ」

 唇の端を嫌に吊り上げ、睡蓮は笑う。その笑みが、僕の答えを察したことと、僕の答えが正解だったことを雄弁に語る。

 吐き気がした。答えそのものにも、その答えを導き出した自分にも。

 皿にのったハンバーグが、急にグロテスクに見える。粘度のあるケチャップが、赤いそれが、滲んでこぼれる血液に見えた。

 睡蓮は、それこそ昔話をするような軽さで、過去を言葉にしてテーブルに乗せる。


「そいつらは、私を食ったんだよ。この辺の肉を削ぎ落とし、嬉々としてな」

 ――いやぁ。あれは痛かった。


 並べられた言葉を理解するのに数秒。

 睡蓮が『この辺』と指差した腕や腹から、惨劇を想像するのに一秒。

 一瞬後に足の血管を虫が這い回るような気持ち悪さがきて、目眩を覚える。

 隣に座っていた楽日が、テーブルの下、睡蓮に見えない位置で僕の服の裾を掴んだ。

 小刻みに震える楽日の手を取ると、氷かと思うほど冷たかった。

「ま、人間の肉だからといって、それで大丈夫になるわけでもなかったらしくてな。私の肉を食った奴らは、全員もれなく死んでしまったよ。それから五百年余りの月日が流れ、今日に至るというわけだ」

 語り終わった睡蓮は、僕らを見て気まずそうな顔をする。細い指で頬を掻いて、申し訳なさを全開に言った。

「すまん。食事時にする話ではなかったな」

「ほんとよ……」

 僕と楽日は、それ以上の食事を諦めた。

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