第8話:初対面

 第一波は、我が家の家主様だった。

 夜勤を終え、日が昇ってから帰ってきた父さんは、顎に手をやり、朝食を取っていた僕と睡蓮を真剣に眺めた。眼鏡の奥に楽しそうな感情が見え隠れしている。

「随分と可愛い子がいるな。なんだ? お前の彼女か? 恋愛は禁止してねぇし、自由にしてもいいが、まさか中学生捕まえてくるとは思わなかったぜ。本命は楽日ちゃんだと思っていたんだがなぁ……。お父さんビックリ」

「違う。待って、違う」

「みなまで言うな息子よ。大丈夫。父さんはお前がロリコンでも気にしない。受け止めてやるさ。ただ、色々と国の法律に引っかかるから、手を出すにしてもバレないようにな?」

「お願いだから待って。話を――」

「だまれぃ!」

「何でさ!」

「夜勤明けで俺は眠い。家に帰ったら可愛い子がいた。その子は息子と仲良く朝食中。じゃあ俺は何も言わずに寝るだろ。それが正しい親の姿だろ」

「どこに正しさがあるんだよ! て言うかもうすでに色々言ったじゃないか!」

「大声出すなって。おっさんの頭に響く。とりあえず寝るわ。じゃ、何をとは言わんが頑張れ」

 嵐のように誤解したままの発言をばら撒いた父さんは、睡蓮に「うちの息子はだいぶ馬鹿だがよろしくな」と告げて、自室に向かった。

「貴様の父上は、どうも人の話を聞かんようだな」

「いつもはもっとマシなんだけど、夜勤で徹夜しているからテンションがおかしいんだよ」

「そういうものか」

 睡蓮は、味噌汁を手にとって口に運ぶ。

「うまいな。料理ができる男は、なかなか好感が持てるぞ」

「……ありがとう……」



 それが朝のこと。

 そして、昼前に訪れた第二波は、隣に住まう幼馴染様だった。

 インタフォンも鳴らさず家に上がってきた楽日は、リビングでくつろぐ睡蓮と対面した。

「ろーくー。昨日置きっぱなしにした……エプロン……取りに来たんだけ……ど……?」

 座った睡蓮を見つめ、ポカンと楽日の表情が変わった。

「んむ? 誰だ貴様は。人様の家に訪問する時は、一報入れるのが常識だろう。せめて呼び鈴ぐらい鳴らさんか」

 楽日とは打って変わって、動揺とはまるで無縁の相変わらず偉そうな睡蓮。

 奥でそれを見守っていた僕に、楽日は疑惑の視線を向けて、睡蓮を指差した。

「禄。なにこれ」

「えーっと…………拾った」

 何と説明するか悩み、僕の脳が引っ張り出した回答はいくらか珍妙なものだった。

 しかしその紹介は、睡蓮にとって大変不本意だったらしく、小さな体の頬が膨れる。

「拾ったとは何だ。おい禄。私は捨て猫か。あと貴様。人を指差すな。失礼だろうが。聞いているのか貴様ら。おいって」

 睡蓮の抗議が完全に耳に届いていない楽日は「え? 拾った?」と疑問符を浮かべて首を傾げる。くりっと丸い目が、更に丸くなっていて、誰が見ても混乱しているとわかる表情だった。相変わらず感情表現が豊かだ。

「拾ったというか、ついて来ちゃったんだけどね」

「へ、へぇー……。そうなんだ……。え? 飼うの?」

「うーん……しばらくは、そうなるかな」

「飼うとは何だ! 飼うとは! おい! おい聞けよ貴様ら!」

 眼下で顔を赤くして激昂する睡蓮を軽く無視。今、僕と楽日の会話に割り込まれると、絶対にこじれて面倒なことになる。

「わ……」

 楽日は困惑をそのままに、ぎこちなく口を開いた。

「私もお世話手伝うね……?」

「うん。お願い。助かる」

「今度は世話の話か! 世話とは何だ! 私をペット扱いするなぁ!」

 室内でキャンキャン騒いで怒る睡蓮は、それこそ小動物のペットように見えた。


 ◆ ◆ ◆


 僕と睡蓮が並んで座り、テーブルを挟んで楽日が座っている。

 頬杖を付いた楽日は、柔らかい頬をむにっとさせて僕と睡蓮を見ていた。

「不老不死ねぇ……。禄みたいなのもいるから、いてもおかしくは……ない?」

 昨夜、室外機の前であったことから、さっき楽日が家に来るまでを、順を追って説明する。突拍子も無い話を、相槌を打ちながら聞いてくれた楽日は、話を聞き終わるとそう言った。

「信じてくれるんだ」

「禄が相手だもん。他の人が言ってたら信じなかった」

「……そっか。ありがと」

 まさかここまで信頼されているとは思わなかった僕は、嬉しさで口の端が少し上がった。

 僕を見ていた楽日は、頬杖を付いたまま睡蓮へと視線を滑らせる。

「それにしてもあんた。殺せって。禄に出来るわけ無いでしょうに」

「それは大丈夫だ。しっかりと説得する」

「うーん……」

 楽日は腕を組んでうなる。頬杖を突いていたせいで頬が少し赤くなっていた。それから僕と睡蓮を交互に見た楽日は、「うん」と何か納得したように頷いた。

「不許可。だめ。禄。だめだかんね」

「わかった。ごめん睡蓮。だめだって」

「なっ……! ど、どうしてだ! 貴様もなぜ躊躇も無く頷いているのだ!」

 座っていた椅子が後ろに倒れるほどの勢いで、睡蓮は立ち上がる。小さな体躯を大きく震わせ、歯をむき出して楽日を睨み、そのまま隣に座っていた僕を流れるように睨んだ。

「落ち着きなさいよ」

「落ち着けるか! どうしてだと訊いているのだ!」

 倒れた椅子を僕は起こし、冷蔵庫に向かう。楽日がだめと言うのなら、僕はそうする。あとは楽日と睡蓮に任せるとして、少しでも二人が冷静に話せるように飲み物でも出そう。

「どうしてじゃないでしょ。禄はどうなるのよ」

「……うん? どうもせんだろう」

「『奪う力』よ? 命を奪ったら、命が二つになるじゃない」

「む…………あー……。どうなるのだろうな……? まぁ死にはせんよ」

 それは失念していた。と睡蓮は謝罪を口にし、楽日は軽く頷いた。

「とにかく、確かに死なないだろうけど、そういう問題じゃ無いのよ。あんた不老不死なんでしょ? もしも、禄がそうなったらどうするの」

 そう言えばそうだった。不老不死に夢を見る少年心が僕にもあるが、楽日は嫌らしい。

 会話を後ろ手に聞きながら、牛乳をコップに注ぐ。レンジに三つまとめて入れて温めた。戸棚にココアの元があったはずだ。

「そこは心配せずともいい。奪うのはあくまで命だ。不老不死になったりせん……たぶんな」

「たぶん、なんでしょ?」

「安心しろ。これは確信に近い予測だ。理論上でそうであるが、実例は無いから確証は無いというだけだからな」

「ふーん……」

「ココアできたよ」

「あ、ありがとー」

 温めた牛乳にココアの元を混ぜて、話し合う二人のところへ持っていく。テーブルに並べられた、チョコレート色の液体は、甘く暖かい香りを振り撒いた。一口含むと、冬の寒さがじんわり溶ける。

「そうだ、禄はどう答えてたの?」

「ちゃんと納得できたら、奪うって言った。死ねないのも、生きられないのと同じぐらい辛いだろうし。歪んでいるかもしれないけれど、死ぬから生きるのが楽しいんであって、終わりの無い物語は惰性になるから」

「ほれみろ小娘が。禄のほうがまだ理解力も適応力もあるわ」

「なーるほーどねー。言いたいことは分かるけど……でもなぁ……」

 楽日の納得できない部分はどこなのだろう。命を奪うこと自体は僕自身も肯定的とは言えないとはいえ、今回は事情が事情だ。べつに僕が命を奪うとしても、それで何か困る事は無いだろうに。僕の中に命が二つになったら、何か変わるのかな。

「そもそも命って言うのが曖昧すぎて不安なわけよ私は。命って体とは別? 死んだらもう一回生き返るの? 歳を取って寿命で死ぬなら、身体が使い物にならないわけだし、二つ目の命も一緒に死ぬの? 私は、禄がどうなるかわかんないのが嫌」

「……考えてわかればよいが、それはわからん。ただ、害は無いだろうという事だけだ。命を肉体が活動する力とするなら、病や事故といった外傷的な死からは、一度守られるかもしれん。これも、あくまで推測の域を出ぬがな」

「推測ばっかりで、結局分かって無いんじゃない」

 楽日の声が、少しだけ苛立ちを孕む。

 平行線に進む会話は、互いに自分の意見が聞き入れられない状況を続けることになる。結論もでないし、不満が溜まるだけで、いいことなんて一つも無い。

 同じように、睡蓮の声にも苛立ちが含まれ始めた。

「確かにわからんが、害は無い。それでよいだろう」

「よかないわよ。馬鹿なの? 五百年も生きて、成長してないの?」

「言う小娘だな。貴様こそ、たった十数年生きただけで何が分かっているというのだ」

「何も分かって無いけど、私は禄の味方なの。誰よりも禄の味方なの」

「チッ。おい禄。貴様今から適当な人間から命を奪って来い。検証してやる」

「あんたそれ本気で言ってるなら、マジでぶっ殺すわよ」

「ふん。言ってみただけだ。それに、殺してくれるなら望むところだよ」

「うっざ。あんた何様よ」

 睡蓮は再度舌打ちし、ココアを一口飲む。溜め息をついて、長い髪の先を指先でいじった。

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よと言うが、馬がくたばらん場合は、どうすればよいのだ」

「さっさと諦めなさいよ」

「はい二人とも喧嘩しない。お昼にしよう。僕お腹減ったから。――クロ、おいで」

 ――くぉん。

 二人を止め、クロを呼ぶ。話を別の方向に持っていくことが最優先だ。クロが新しい話題になってくれればいいなと、淡い期待を込めて呼んだ。

 黒い毛並みの狼さんは、椅子に座る真っ白い髪の見知らぬ顔を見て、『だれ?』と言わんばかりに不思議そうに首を傾げていた。

「…………」

「睡蓮?」

「…………なんと……! 何だこいつは……! おぉ……!」

「……おっと予想外」

 僕の思惑は想像以上の効果を発揮した。目をキラキラさせる睡蓮に、クロは僕を見上げる。ジッと僕を見るクロを撫でて、もふもふの獣に優しく言う。

「この子は睡蓮。大丈夫、怖くないから。噛まないよ」

「禄、それ言う相手逆じゃない?」

「気にしない気にしない。さてと、睡蓮」

 クロを見てそわそわしている睡蓮に声をかけると、ピクリとこちらを見た。さっき言い合いで含まれていた怒気はどこへやら。おかしな笑い方で、口元が猫みたいになっている。

「この子が僕の『奪う力』が形を持ったもので、クロだよ」

「このモフモフはクロと言うのか……! 可愛い犬っころだ……!」

「犬じゃなくて狼ね」

「どちらでもよい! ふ、触れても……?」

「どうぞ」

「で、では! おぉぉ……!」

 椅子から落ちるように降り、クロの毛並みに指を這わせた睡蓮は、うっとりとした恍惚の表情を見せる。「クロ……♪ そうか、貴様はクロと申すのかぁ……♪」と、顔をふにゃふにゃに破顔させて、クロと戯れていた。五百年生きた人間とは思えないはしゃぎようだ。見た目相応の少女に見える。

 楽日はさっきまでの緊迫した空気を吐き出し、僕に向く。

「この子、本当に五百年も生きてるの? 子供っぽくない?」

「嘘は言ってないと思うけど。……まぁ確かに子供っぽいね」

「……はっ!」

「あ、気が付いたわよ」

 正気に戻った睡蓮は、気まずさと恥しさを混ぜた真っ赤な顔で、僕らに視線を戻す。

 顔を赤くさせていく彼女に、僕と楽日はニヤニヤとからかうような表情を返す。

「ま、待て。これは違う。いや、違わないが、そうではない。いいか? 精神年齢と言うのは、ある程度肉体年齢に依存するものであって、つまり、その、あれだ。肉体が少女の形をしているが故、私は童心を忘れずにいるのだ。つまり、うむ。そうだ。うん」

「私達はお昼ご飯作るから、あんたはクロと遊んでいていいわよ? いやー、さっきは成長して無いとか言って悪かったわ。大事よね。子供心を忘れないのって」

「いやいや、聞け。な? 私は肉体的には少女だろう? 突発的にそういった一面が顔を出そうとも、基本的に私は、それはそれは冷静沈着な人格者であり……」

「睡蓮……もう無理だって。クロ抱き締めたままだし」

「くっ……ぬぅ……! さ、さっさと行け! 昼飯を作って来い!」

 若干涙目の睡蓮に叫ばれ、これ以上いじめるのも可哀想だと、僕と楽日はキッチンへ向かう。

 いつもなら後ろをクロが付いてくるところだが、今日は睡蓮に抱き締められていて動けないようだった。

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