第6話:冬空の下、新雪の髪。

 夜。コートを着込んで家を出る。喉が渇いたので、散歩がてらコンビニに行くことにした。

 あのあと、元気を取り戻した楽日に、間接キスがどうのと顔を真っ赤にして抗議された。今更気にすることでも無いだろうと思ったが、「今日はなんか駄目!」とお叱りを受けた。なんにせよ、彼女は笑ったり騒いだりと、元気なほうが似合っている。

 真っ直ぐコンビニに向かった僕は、温かいミルクティーだけを買い、少し遠回りの道を選んで家に帰ることにした。冬の空気は冷たいが、この冷え切って澄んだ空気は、星が良く見える。冷たい空気にちりちりと痛む指先を温かいミルクティーで温め、手袋をしてこなかったことを少し後悔した。

「…………なにあれ」

 ポケットに手とミルクティーを入れたとき――に目が留まった。

 真っ白な糸の群れ。まるで新雪を編んだような長く美しい髪が、あろうことか室外機の風に無遠慮に当てられ、風情の欠片も無く雑になびいている。

 体育座りで室外機の前に腰を下ろしている年端もいかない少女は、見るからに寒そうな薄着姿だった。中学生ぐらいだろうか。

 僕は自分のコートを脱ぎながら、少女に近付く。

「どうした少女。寒くないか? 寒いだろう。これを着るといい」

「なんだそれは。芝居がかった言動をしおって。よもやカッコイイとでも思っているのか? 見ていて微妙な気持ちになるから今すぐやめろ」

「うわ。バッサリ」

 だけど、少女の言葉はおおむね的を射ていた。大正解である。

 かっこいいと思ってやっているわけではないけれど、芝居がかっている、どころか、もはや芝居のように演じている。普通じゃないおかしな言動は、僕からまともな思考を奪ってくれるのだ。『他人のために自分がいくらでも傷付く』なんてことを実行する狂った理想論で、自分を塗りつぶす手段だった。

「気に入らないならやめるけど、それはそれとして、こんなところで何をしているの?」

「知らんのか? 室外機から出る風は温かいのだ。暖を取るにはもってこいだな」

「寒いの?」

「貴様は目が見えんのか。顔に付いている双眸はただの飾りか? 薄着で冬の夜だ。寒いに決まっているだろうが。さては馬鹿だな? 周りの者からもよく言われるだろう」

「幼馴染は僕をすごい馬鹿にする」

「だろうな」

 少女はくつくつと笑い、それから鼻を啜った。彼女が腰を下ろすコンクリのブロックは、この寒空の下では氷のように冷たいに決まっている。

「しかしなんだな。貴様は随分と物好きだ。こうして夜に外にいても、それが仕事でも無い限り声をかけてくる人間なんて少ないのだが」

「それはまぁ、僕は普通じゃないから」

「普通じゃないのではなく、外れているのだろう。少数派なだけだ」

 少女は、どこか自虐的で、どこか達観したような笑みを浮かべる。

「それに、貴様ごときは私から見れば普通だ」

「……それは聞き捨てなら無いかな。普通じゃないのは、僕の中の正しい姿なんだから」

「ほう? 言ってみろ。納得できたら、私も自分の異常性を語ってやろう」

 挑戦するような視線。試すかのような視線を僕に向ける少女は、室外機から出る風に髪を揺らし、偉そうに僕を見上げた。

 あまり人に話すようなことじゃないけれど、ここで語るのを断るのもあれだったので、コートを少女の頭から無造作に被せ、僕は言う。

「規格外に大きな力を持った人間が、それを一度として私利私欲のために使わなかった例は、残念ながら歴史上に存在しないんだよ。力を持てば振るう。自己を満たすために、容赦なく」

「ふむ。分からなくも無いな。そういう人間は数多く見てきた。で?」

「大きな力を、悪用するか善用するかの二択では、圧倒的に悪用されるんだ。ほんの少しの悪用もせず、百パーセント善用する人間は、言ってみれば普通じゃない。君が言ったとおり、圧倒的な少数派だよ」

「それで、自分がそうだと?」

「力に責任が伴うなら、僕は普通じゃいちゃいけないし、少数派でいたいんだ」

 僕の場合、それは『自己犠牲』の形で現れる。他者のために、自分から痛みに飛び込む異常性。僕は、それを持ち続けることを是としている。

 会ったばかりの少女に、それを否定されたくは無い。

「なるほどな。自分を『普通ではない』と言うのは、ある種の自己暗示か。いいではないか」

「肯定してくれるんだ。じゃあ、ありがと」

「なに、礼には及ばん。しかし、私には貴様がそれほど大きな力を持っているとは思えんがな。財力か? 知力か? はたまた親の力か?」

「……それは……」

 言い渋る。誰かに進んで話したいことではないけれど、眼下の少女は僕の次の言葉を静かに待っていた。少女には、不思議と話してもいいかと思えてくる魅力のようなものがあった。あるいはそれは、包容力と言い換えてもいい気がした。

 普通なら嘘つきと言われそうな僕の言葉を、真摯に受け止めてくれるような気がしたのだ。

「……『他人から奪う力』だよ。他人が所有しているものなら、なんでも奪える力。試した事は無いけれど、命や、記憶や知識だって例外じゃないような、規格外の『奪う力』」

「…………」

 少女は目を丸くし、驚きの表情を見せる。室外機の音に掻き消されそうな小さな声で「そうか……お前が……」と呟き、立ち上がって服の砂を払った。

「貴様、名前は?」

「禄。漢字はしめすへんのやつ。貫禄とかの禄」

「そうか、私は睡蓮すいれんだ。では禄」

 少女は嬉しそうで、そしていっそ儚げともいえる笑みを浮かべる。


「私を殺せ」

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