第2話:禄と楽日

 勝手に力を使っていた罰として、楽日に買い物の荷物持ちをさせられた。お菓子作りを趣味とする楽日は、本当に買う予定だったのか分からない小麦粉やら砂糖やら、重いものばかり買いやがった。ただ、『楽日のいないところで力を使わない』という約束を破ったのは僕なので、文句の一つも言わずに荷物持ちをするしかなかった。

「冬休みに入った途端これだもん。油断した」

 一歩先を進む楽日は、マフラーの先をクルクル振り回しながら言う。

「何であんなとこにいたわけ? 散歩?」

「正解。読んでいた短編集に冬の公園を舞台にしたのがあってさ。感化されてちょっとお散歩」

「それで運悪く転んだ男の子を見つけたと」

「運良くかな」

「運悪くだよ。まったく、何であんたみたいなのが、そんな変な力を持っちゃったんだか」

 首だけ振り返り、歩く速度を落とした楽日は、僕の隣に並んだ。

 歩く速度を楽日に合わせると、両手に持ったビニール袋がガサリと音を立てる。

「『他人から奪う力』かぁ……」

「それも、かなり滅茶苦茶なやつね。いろんなものが奪える」

 だからこそ、他人の傷も『奪える』。あらゆるものが『奪える』。

 やった事は無いけれど、きっと奪う対象となるそれは、記憶や知識、命だって例外じゃない。

 そんな普通じゃない力を持った僕だ。

「だから、普通でいちゃ駄目なんだよ。僕は」

「はいはい。それはもう何度も聞きました」

 唇を尖らせ、大きな瞳が僕をキロリと睨む。栗色の髪が冬の風に吹かれ、彼女の頬を撫でた。なびいた髪が鼻をくすぐったのか、楽日は可愛らしくくしゃみをする。「可愛いくしゃみですこと」とからかって言ったら、また耳を赤くして睨まれた。

「ごめんごめん」

「むぅ……。やっぱり私も一つ持つ。袋よこしなさい」

「え? いいよ、別に。これぐらい」

「口答えしない。約束破ったのを許したわけじゃないんだから。あぁ……ほんと、あんたのお父さんが顔の広い人でよかったって思うわ」

「僕としては、もう少し許してくれてもいいと思うんだけどな」

「いい訳ないでしょ。あんたは一生病院には立ち入り禁止よ」

 鼻息荒く、僕の手からビニール袋を奪い取る楽日に、僕は溜め息を返した。

 高校に入ってすぐの頃、ある程度自分で移動できる範囲が広くなった僕は、病院に突撃したことがある。『奪う力』なんてものが見つかったら大騒ぎになるので、ばれないように注意して、軽い病気とか怪我とかを奪いまくったのだが、奪った傷や病気は僕自身が保有するわけで、急に体調を崩して身体がボロボロになった僕は、楽日に問い詰められたのだ。

 結果、病院で他人の傷や病気を手当たり次第に奪ったのを白状したところ、医療従事者である僕の父さんが、病院への僕の立ち入りを禁止したのだ。

「でもほら、ちゃんともう一つの約束は守っているじゃないか」

「そっちは守ってもらわなきゃ困る。でなきゃ、あんたはここにいない。いい? 私がいないところで力を使うなってのは、もう何度も破られてるし、半ば諦めてるけど、もう一つの約束は絶対に破らないでよね」

「うん。大怪我や、大病は奪わない。分かってるって。大泣きして楽日にお願いされたら、僕だって守ろうとするよ」

 病院ボロボロ事件の時、問い詰めた楽日は大泣きしながら僕にそう約束させた。少し恥しくなったのか、そっぽを向いて楽日は呟く。

「……あの時は、本当に怖かったんだもん」

「はいはい。でも、そんな楽日だから好きだよ。だから、僕の第一優先は楽日なんだ」

「……なーんか……あんたの言う好きって軽いのよねぇ……」

 ちょっと不満そうに、ついでに眉間に皺を寄せて楽日は言った。

 好意を向けられているというのに、何が不満なのだろうか。他人から自分の存在を肯定されて、それで不機嫌になるなんて、ちょっと傲慢じゃないだろうか。

「ねぇ禄。私のこと好き?」

「うん。中学からずっと」

「なんで?」

「僕の事を心配してくれるし、怪我したら絆創膏を貼ってくれるし、優しいし、可愛いし、真面目だし、でもどこか抜けていて、それがまた可愛いくて。あと、料理がうまいし、お菓子を作っているときは本当に楽しそうだし、いつも元気だし、それに何より、楽日だから」

「……ありがと」

「どういたしまして」

 自分で聞いたくせに、楽日は頬を赤らめた。こういうところも、また可愛らしい。彼女の魅力を語らせたら、僕は一日を使い切るだろう。僕は楽日が大好きだと胸を張って言える。

「じゃあ付き合う? 私も禄の事好きだよ。ちょっと馬鹿だけど、優しいし、見た目もそんなに悪くないし」

「それは駄目。付き合わない」

「ああもう……なんでよ! それがわっかんないわ!」

 照れたりキレたりと、楽日は忙しい。自分の扱える範囲内で感情の起伏が激しいのも、彼女の魅力だろう。自分に素直に生きている証拠だ。

 牙を剥いて怒っているが、リスとかハムスターが怒っているようで、どうも迫力に欠けた。

「僕は楽日が好きだけど、付き合ったりはしないよ」

 隣を歩く楽日を真っ直ぐ見つめて、少し笑う。

「僕は、普通じゃないから」

「またそれ……。はぁ……ねぇ禄、帰ったらお菓子一緒に作ろ。あと、読んでたって言う短編集、面白いなら貸して」

「うん、了解……いてっ」

 楽日は、溜め息を付いてから僕の脇腹を軽く殴った。

「あんたが普通じゃないって言うなら、それでもいいけど、勝手にいなくなったりしないでね」

 楽日のどこか悲痛な声に、僕は薄く笑った。

「それも、約束しようか」

「今の、約束じゃなくて私からのお願いだったんだけど、そうしたいなら、そうしておいて」

「分かった。じゃあ、約束。僕は、勝手にいなくなったりしない」

 お願いは聞くもので、それは一方的なものだ。

 対して、約束は結ぶもの。相互で相手に誓いあう約束のほうが、僕は尊く思える。まぁ、楽日のいないところで力を使わないって約束は、破りがちだけど。

「絶対、守ってね」

 楽日は、袋を奪われて空いた僕の手を、迷うことなく握って歩きだす。寒い冬、手袋越しだけれど、確かに繋いだ手はじんわりと温かかった。

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