162-シエルの故郷
「ううぅ……」
祖母に怒られたシエルは涙目でこちらに歩み寄ると、急に冷静な顔つきで話しかけてきた。
「私のことを調べたのであれば、評判は聞いているはずでしょう。それなのに、どうして私なのですか……」
「え、えーっと……」
先ほどまでの方言のキツい言葉使いとは打って変わり、シエルは物静かな口調である。
俺が困惑した様子でシエルの祖母へと目を向けたところ、意図を察したのか苦笑しながら孫娘の頭をガシガシと乱暴に撫でた。
「この子は昔っから引っ込み思案でね。ヨソ様に接するときは、こんな風にネコ被っちまうのさ」
「あー、なるほど……」
となると、祖母相手に騒いでいた姿こそが彼女の素であり、それを赤の他人である勇者パーティの面々にはひた隠しにしていたゆえに、俺の記憶には「物静か」という印象が残っていたのだろう。
よくよく考えれば、シャロンだって自分の気持ちを押し隠したまま冒険していたわけで。
二人が衝突したのだって、もしかすると互いが
「まあ、無理に素で話す必要は無いし、やりやすいようにやってくれれば良いよ」
「……うん」
ここで「はい」と堅い返事をしなかったのが少しだけ嬉しく感じつつも、俺は改めて彼女の質問に答えることにした。
「君の言うとおり【嘘つき】呼ばわりされていることは知ってる。だけど君が案内した冒険者は全員、
「!」
彼女は死の洞窟第一層から第三層の最奥地までの全トラップを回避するほどの、凄腕のガイドである。
ところが、それと相反するように取得アイテム数は
そして、死の洞窟に挑む冒険者の多くはダンジョン内に眠るレアアイテムを狙っており、ハイリスク・ハイリターンを好む荒くれ者達が「高いカネを払ったのだから、それなりの成果を出せ」と考えるのが道理というもの。
このギャップこそが、彼女が嘘つき呼ばわり原因でもあるのだが――。
「どんなに遠回りでもいいし、お宝なんて手に入らなくてもいい。死の洞窟の最奥地へ、一番安全な方法で案内してほしい」
「どうして???」
大国のお姫様が多くの従者を引き連れて、わざわざ田舎の集落へとやってきたかと思いきや、そこで一番評判の悪い小娘に仕事を依頼したいと言う。
しかも、レアアイテムが多く入手できると評判のダンジョンに行きたいのに、それすら要らないときたもんだ。
彼女が困惑するのも当然であろう。
「実は…………あっ!」
俺が言葉を漏らしたその時、ふと一つの疑問が脳裏を過った。
かつて俺が勇者パーティに所属していた世界では、シエルは一切迷うことなく死の洞窟第三層の最奥地へと辿り着いていた。
その後に彼女が死亡したことで真相は闇の中となってしまったのだが……シエルは、そのルートを
真相を確認すべく、俺は正直に理由を答えることにした。
「死の洞窟の向こう。
「なっ!?」
その答えに、二人は驚愕の顔でこちらを見つめている。
何かを言おうとしたシエルを手で制した彼女の祖母は、俺を睨むような険しい顔で口を開いた。
「若造……どこでそれを知った」
まさかの一発で大当たり!
ただ、その問いに対し「俺は数ヶ月後の世界からやってきたんだ!」とか言っても、余計に話がややこしくなるだけだろうから、ここからはハッタリの時間である。
「聖王都中央教会のお偉いさんが、死の洞窟の向こうから悪しき気配がすると神託を受けたらしくてね。それで真相究明のため、ここにやって来たんだ」
「神託か……。新しい大司祭の娘っ子が類い希な才能を持つとは風の噂で聞いていたんだが、まさかそれほどとは」
婆さんは見事に勘違いしてくれてホッと一安心。
とはいえ、かつて見た世界でツヴァイが神託を授かったときは、死の洞窟の向こうに
嘘ではないけれど、物は言い様ってヤツである。
「そっちこそ、どうして死の洞窟の向こうにあるサイハテの街を知っているんだ?」
「…………ふぅ」
シエルの祖母は覚悟を決めた顔になると、先ほどとは違って優しい手つきで孫娘の頭を撫でながらこちらを向いた。
「シエルとは血縁じゃなくてね。両親の代わりに私が育てていたのさ。そして、まだ赤子だったこの子と出会ったのは今から十四年前のことだ。場所は……死の洞窟の最奥地だったよ」
「!」
「かつて村を追い出された亜人達の住まう地、暗黒の世界唯一の光……サイハテの街。この子の両親はそこから来たと言っていた」
「……御両親は?」
「まだ赤子だったコイツを託して、おっ死んじまった。どうして命懸けで、生まれて間もない娘を連れて来たのかは分からんがね」
シエルが勇者パーティとともに死の洞窟第三層へ到達した時、彼女は両親について「そこで死んだ」と言っていた。
それを聞いて、両親がガイドとして案内をしている最中に亡くなったのだとばかり思っていたけれど、まさかそんな経緯があったなんて……。
「だから、私はこの子に死の洞窟の全てを、トラップの位置から安全地帯の場所まで、徹底的に叩き込んだわけさ。いつか、この子が自分の故郷へ帰りたいと願った時のために」
「そうだったのか……」
そして、シエルの祖母はプラテナの礼儀に倣って深々と頭を下げると、その心の内を言葉にした。
「姫様の願いとあっちゃ断るわけにはいかねえが、うちの孫を……どうか宜しく頼みます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます