137-ハルルの問い

<聖王都プラテナ王城 剣術稽古場>


 中央教会の騒乱から一月が過ぎ、ようやく城内にも平穏が戻ってきた。

 ……だが、その平穏は兵士の駆け込む足音によって破られた。


「大変ですライナス様!!」


「何事だ騒々しい」


 第一王子のライナスは稽古の手を止めて剣を鞘へ収めると、怪訝な顔で兵士に歩み寄る。


「南の空をご覧くださいましっ!!」


 ただ事では無い家臣の様子に、ライナスは急いで外に出るとバルコニーから遠くの空に目をやった。

 そこには、いつもと同じ美しい星空が見え……ない。


「なんだあれは……」


 南の森――エルフ村の周辺が白いもやに包まれ、それが遙か上空まで続いていた。

 しかも、既に日没からかなり時間は過ぎているはずなのに、森の上空が光り輝いている。

 異常気象と言うにはあまりにも不自然すぎるそれは、明らかに魔力によって生み出されたモノであることは明白であった。


「もしや魔王の襲撃……なのでしょうか」


 家臣の言葉に内心、焦りを感じながらも彼は目を凝らす。

 すると、靄だと思っていたモノが雪であることに気づいた。


「このような夜更けに、それも我が国に雪が降るとは…………ハッ!!」


 噂話でしか聞いたことのない存在・・が、彼の頭を過る。


「まさか、魔王四天王永遠白雪エターナルホワイトのセツナだというのか……」


「な、なんとっ!?」


 永遠白雪のセツナは、数百年前に北西のフロスト王国を極寒の大地へと変貌させた元凶とも噂される化け物。

 それが聖王都を襲撃してきたとなれば、国の未来にも関わるほど一刻を争う事態であろう。


「急いで騎士隊と魔術士達を集めろッ! 中央教会にも応援を依頼し、すぐにエルフ村へ向かう!!」


「し、しかしエルフ族とは国家間での交流が……!」


「悠長なことを言っている場合か! 魔王との戦いに種族の違いなど些細なことだ!!」


 ライナスは再び剣を手に取ると、ぎりりと歯を食いしばりながら部屋を出て行くのであった。



~~



【同時刻】


<聖王都南の森 エルフの村>


『あわわわ……』


 部屋の天井にぽっかりと開いた大穴から降り注ぐ雪を見て、オイラは呆然としていた。


『ひっ、ひええええっ、さ、ささささ、さむさむさむさむっ!!』


 そしてマールはあまりの寒さにガタガタとその場で震えだしてしまった。

 なんだか旅に出て間もない頃の自分みたいで懐かしいなぁ、なんて思ってしまうけれど、今はそれどころじゃない!


『さっき撃った魔法って、エレナねーちゃんが魔王四天王 炎のメギドールを倒した時に使ったヤツじゃないかっ!』


「イフリートを倒す時にも使ってたけどね」


 サツキちゃんはさらりと言ってのけたけど、フルルが有無を言わさずそれをぶっ放したんだから、全く意味がわからない。


『そんな危なっかしい魔法、なんで撃っちゃうんだよっ!?』


『威嚇射撃……当たらなければ……どうということはない』


 全然説明になってない。

 確かにフルルはエルフ達に危害を加えるようなことはなかったのだけれど、オイラが聞きたいのは『どうして真上に撃って天井に大穴を空けたのか?』なんだけど。


『ひぃぃっ、寒いぃぃーーっ!』


『な、なんなんだこれはっ!?』


『わーい、雪だ~♪』


『たーのしー☆』


 天井の大穴から外の声が聞こえてくるけれど、村民達は突然の状況で大パニックに。

 ……いや、いくつか喜んでる声も聞こえたけどさ。


『君は意外と平然としてるんすね?』


『そりゃ、フロスト王国の方がずっと寒かったし、こんなの全然平気だって』


 とはいえ寒さに慣れていない村の皆にとっては、この状況は相当ツラいだろう。

 実際、マールは震えながらオイラにくっついたまま離れないし。


『ゆ、ゆゆゆゆ、ユピテルくんはコレ平気なのっ!?』


 歯をガチガチと鳴らしながら問うマールの姿に苦笑しつつも、棚に置かれていた毛布を手渡してやる。


『オイラも寒いのは苦手だけど、このくらいならまだ大丈夫かなぁ。次に行くトコは火山でメチャクチャ熱いらしいし、そっちの方が不安かな』


『ひえええ……』


 だけど、今はフルルが何を思ってこんなコトをしたのかが重要だ。

 と、改めて真の狙いが何なのかを聞き出そうと思ったその時――


『マール、大丈夫かッ!!!』


 建物の外から村長の呼び声が聞こえてきた。

 すぐにマールは応えようとしたものの、フルルが小さな手で彼女の口元を押さえて黙らせると、姉のハルルが羽を広げて倒壊した屋根の上へと飛び上がった。



『愚かなエルフ達よ!!』



 いきなりの言葉に、建物の外のざわめきが大きくなる。

 もう、この姉妹が何をやろうとしてるのか全然わかんないよ。


『なっ、妖精だとっ!?』


『これもお前の仕業なのか!!』


『いかにも』


 いや、やったのはフルルじゃん。


『何が目的だ!!』


 村長にオイラの聞きたいことを代弁して頂けました!

 すると、ハルルは穴の開いた屋根の上で『フッフッフ』と怪しく笑う。


『マールという小娘が村を出ると言っておるが、その前にお前達の意志を確認しておこうと思ってな』


『意志だと……?』


『もし我の邪魔をするのであれば、次はお前達に向けて先の魔法が降りかかるであろう』


『なっ!!?』


 一見は真剣な会話に思えるけど、オイラ的にはハルルが悪の大魔王みたいな口調で喋ってるコトの方が気になって仕方がない。


『話は聞いているぞ。かつて、我の下で小娘と共に震えている小僧を生贄にして、お前達だけが生き残ろうとしたのであろう?』


『くっ、そ、それは……』


 いや、オイラは震えてませんけど。

 しかし、一年前に酷く辛い思いをしたはずなのに、頭上と建物の外で繰り広げられている超展開のせいで、それを思い出す以上にこのトンチンカン過ぎる今の状況に頭がパンクしそうだ。


『さあ! 命が惜しくば立ち去るが良い! この小娘を差し出しさえすれば、命だけは助けてやろう!』


 うーわ、もう言ってるコトが完全に悪役だよ。

 ハルルもテンションが上がってきたのか、やたら嬉しそうに目が爛々としてるし。

 だが、そこで思わぬ言葉が返ってきた。


『断るッ!!!』


『っ!』


 何かを察したハルルは両手を正面に突き出して防御結界を展開!

 直後、猛スピードで飛来したミスリルの矢が結界にぶつかった衝撃で砕け散り、オイラ達の目の前にパラパラと破片となって降ってきた。

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