098-空からの闇を迎え撃て

【聖王歴128年 赤の月 9日】


<ジェダイト帝国 北の平原>


 普段であれば静かなはずの平原が、今日に限っては物々しい雰囲気に包まれていた。

 そこに居るのは軍所属の兵士を筆頭に、傭兵やハンターなど戦いを生業としている者達の姿ばかり。


『なあ聞いたか? レパードの野郎、囚人に頭を下げて助けを求めたらしいぞ』


『しかも非力な人間サルなんぞにな! まあ、奴は剣を振り回すしか能が無いから仕方ないぜ。大好きな王子ちゃまのためならプライドも捨てちまうのさハハハハ!』


『それにしても、魔王の手下共が攻めてくるという予言を真に受けちまうとは、この国のお偉いさん共はどうかしてる!』


『その話だって、レパードの野郎が連れてきた美人占い師の戯れ言だって噂じゃねえか!』


 厳密には、国からの発表は『魔王軍の接近を確認した。都の中央に集結し戦いに備えよ』だったのだが、どうやら作戦会議の場に口の軽い者が居たらしく、上層部しか知らないはずの内容が流出リークしてしまったらしい。

 その結果、未だ敵兵の姿すら見えないにも関わらず腕自慢達が北の平原に集まる状況となってしまったわけである。


『さあ、いつでもかかってきやがれ魔王のクソ手下共ッ!』


 獣人のひとりが冗談半分で笑いながら勇ましく叫んだその時――



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!



 都の上空で凄まじい雷鳴が轟き、それまで晴れていた空が暗雲に包まれてゆく……。


『ま、まさかホントに来やがったのか!?』


『ひいいっ!』

          

 どうせガセであろうと予想していた者達が慌てふためく中、ついに上空へ一つ目の魔法陣が出現した。

 それから続けて二つ、三つ、四つ、五つ……。

 次々とそれが増えていくものの、彼らはそれを呆然としながら眺めるしかなかった。

 何故ならば――


『あれ……遠くねえか?』


 なんとそれらは、自分達の居る北の平原とはほぼ真逆となる、南西の平原の上空に発生していた。

 だが、この平原に集まっていた者達の中に『あれに立ち向かおう』という言葉を発する者は誰一人として居ない。

 興味本位で来ていた者達は当然として、本当に戦うつもりで来ていた強者ですら『圧倒的な力の差』を直感で察し、完全に戦意喪失してしまったのだ。


『こりゃ……無理だわ』


『お、オレは嫁と娘ぇ連れて逃げるぜッ!!』


 我先にと手練れ達が戦闘を放棄して逃げ出し、それを見た格下の兵士達も次々に逃亡し始めた。

 結局、未だ魔王軍の先兵の姿すら見ていないというのに、あっさりと北の平原の集団は瓦解したのであった……。



【ジェダイト帝国 南西の平原】



 日記に書かれていたとおり俺達は"南西の平原"へと集まっていた。

 ほぼ真上の空に現れた暗雲には、かつてエレナが先制攻撃で撃ち落とした魔王四天王『炎のメギドール』が現れた時と同じような魔法陣がいくつも出現しており、間もなく敵の大群が現れるのは確実であろう。


『ただいまっす~』


 と、空を見上げていた俺達のもとにハルルとフルルが帰ってきた。


北側あっちはどうだった?」


『論外……全員敵前逃亡。世が世なら……斬首刑かな』


「ありゃりゃー」


 フルルの報告を聞いて、サツキが苦笑しながら脱力する。

 ……いや、さらりと流したけどその言い方は怖いよっ!?


『ヘヘッ、それにしても、まさか戦略会議で嘘の場所を教えるとはなァ。テメェもなかなか面白い事やるじゃねえか!』


 暗雲轟く空を見上げながらも、レパードは感心した様子で笑う。

 ……そう、彼の言うとおり俺はお偉いさん達の集まる作戦会議の場で「魔王軍は北の空から現れるかもしれない」と伝えたうえで、軍隊や傭兵達を都の中央で待機させてもらうよう提言したのだ。

 皇帝陛下もそれを承諾してくれたわけだが、案の定、この話はあっさりと民兵達に漏洩リークし、北の平原には流出させたヤツの手駒達がおびき出された~というわけである。


「作戦の邪魔だから来るなっつっても、絶対に言うこと聞いてくれないだろうしなぁ」


『ハハハ、違いねえ』


 魔王四天王『闇のディザイア』率いる魔王軍と戦うにあたって、通常戦力がほとんど役に立たないことは、俺がかつて見た世界が証明している。

 その時は勇者カネミツの光の力と、ウィザードとして覚醒したライカ王子の強力な雷魔法によって魔王軍の撃退には成功したものの、例に漏れず今回もカネミツは帝国に来ていないし、ライカ王子をムリヤリ転職させるつもりだってない。


「それでは、お手数ですが宜しくお願いします」


 俺がアインツに頭を下げると、彼は少し困った様子で笑いながら手をひらひらと振った。


「そんなに恐縮しなくて良いですって。私が大司祭だったのは昔の話ですから」


 アインツは謙遜しながら笑うものの、さすがに囚人と言えども聖王都中央教会の元トップに対し無礼な口ぶりを出来るほど、俺は妹のように性根がすわっていないんだ。

 ……いや、サツキは単に無礼なだけなんだけどさ。


『私は補助および魔力防壁の展開に徹しますね』


「ええ、お任せします」


 今回の作戦においての主火力はアインツで、防御はエレナが担当。

 その他の全員は都に敵兵が侵入した際に応戦するため後衛につき、その中にはもちろん俺も含まれている。

 そんな俺達の戦闘の指揮を取るのは、ディノシス皇帝陛下――ではない。


『先生、わたし一生懸命頑張りますっ』


 そう、ライカ王子が本作戦のかなめなのだ。


「ああ、頑張ってな」


 ついついライカ王子の頭を撫でると、目を細めて嬉しそうに笑った。

 実は今回の作戦の計画は、そのほとんどを王子が中心となって決めたものだ。

 無論、万が一の時もライカ王子を犬死にさせるわけにはいかないので、もしもこの最前線が突破された時点で作戦は失敗となり、王子はレパードと共に、王城で待機している皇帝陛下のもとへ退却する手はずになっている。


 そして全員の準備が整った頃、ついにそのときはやってきた!


『上空に巨大な魔力反応……来ます!』


 エレナの宣言で全員が身構え、それと同時に上空の魔法陣の一つが弾けた。

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