088-ドクトルフォーセットルドルフ

『ワタシの名はドクトルフォーセットルドルフ。長ったらしくて呼びにくかろう、気軽にドクと呼んでくれたまえ』


「は、はあ」


 突然話しかけてきた怪しすぎる妖精は、驚くほど流暢りゅうちょうに自らの名を名乗った。

 というか、恐らくこのおじさん――改めドクは、今の言い回しを長年ずっと使い続けているに違いない。


『それにしても、翼が無いから獣人族かと思っていたのだが……モフモフでチャーミングな耳どころか、フワフワでで甲斐のある尻尾すら無いときたか』


 そしてこちらの自己紹介をする間も無く話し始めたかと思いきや、あたしをジロジロ見ながらなんとも反応しづらいことを言い出した。


『それに後ろで横たわっている少年に至っては、その長い耳は……空想上の存在であるはずのエルフではないか?』


「空想上って、ユピテルがまるで超レアモンスターみたいな扱いなんだねぇ」


『超レアなんてもんじゃない! そもそもこの世界には文字通りエルフが"存在しない"のだよ。まあ、空想上の姿と少年の格好がピタリと一致しているわけだから、過去に我々の祖先と彼の同族が遭遇していた可能性は否定できないがね』


 なんだか言い回しがいちいち理屈っぽいなこの妖精おじさん


「ユピテルが超々超絶レアモンスターって話はともかくとして、ドクってホントのホントに空間転移の研究家なの? ぜんぜんそんなふうに見えないんだけど???」


 すると、あたしの質問を待ってましたと言わんがばかりに、ドクは嬉しそうにニヤリと怪しく笑った。


『いかにも。ワタシこそがこの国最高の王宮魔術士であり、我が国きっての考古学研究の第一人者なのであーる!』


『それ自分で言っちゃうんすか』


 ハルルの冷静なツッコミを受けつつも一切動じることなく、ドクはフフンと鼻で笑う。

 しかし急に真面目な顔になると、不思議な質問を投げかけてきた。


『単刀直入に聞こう、君達は"何番目"の世界から来た?』


「何番目???」


 どういう意味だろう?

 と、あたしがドクの問いに困惑していると――


『四番目……だと思う』


「へっ?」


 突然のフルルの答えに、思わずあたしの口から頓狂とんきょうな声が出てしまう。


『ふむ、なるほどね』


『それでは……僕からも君に問う……ここは何番目だ?』


『五番目さ。神は"ここ"を妖精世界リトルスターと呼称しているようだがね。君達の故郷の第四世界は確かワンダーワールド、だったかな?』


 ドクの答えを受け、フルルは無表情のままくるりと振り返る。

 だけど、うっすら額に汗が出ているし、どことなく動揺しているようにも見える。


『残念だけど……アレは本物。ありえないくらい……知りすぎている』


 それを言うなら、なんでフルルも知ってんの? って話なのだけど、それを深く詮索するとフルルが嫌がると知っているサツキちゃんは、華麗にスルーしますよっと。


『ワタシは長年の研究で、この世界が多層構造になっている事を突き止めた。その中には、神の世界や悪魔の世界があるという事もね』


「で、そんなスゴい人がなんで檻の中にいるのさ?」


『この国の教えでは妖精王こそが世界の頂点かつ神の代弁者であり、この世界リトルスターは唯一無二な完璧の存在であるとされているからさ。ワタシの世界多層説はその前提すら、根底から覆してしまう邪道……てなわけで、規律を乱す不届き者はこうして牢に閉じ込めて、余計なことを吹聴しないように対処するのだな』


『ちぇっ、古い連中が頭カタいのはどこも同じかよ』


 ユピテルが不満そうに吐き捨てる姿を見て、ドクはほほうと興味津々に声を上げた。


『例え世界は違えど、若者が頭の固い老人共に憤りを感じる悩みは同じか。これはこれで面白い研究テーマになりそうだが……今は、まず一番優先すべき事を成し遂げるとしよう』


 そしてドクは両手を広げると、自慢げに語り始めた。


『ワタシの専門は先程も伝えた通り考古学。だが、過去に神がこの世界へ降臨した時の記録を片っ端から読み漁った結果、一つの結論にたどり着いたのだ』


 それから続けて、ドクは不思議な呪文を唱えた。


『システムコンソール起動!』



【Godbress system ver.2】

 booting..



 虹色の光が空中に集まると色鮮やかな板が現れ、まるで滝のように白い粒がざあざあと下に向かって流れてゆく……。

 それが収まると緑色の文字がフワフワと踊るように浮かんできた。

 空中に浮かぶ緑色の文字に、何故か不思議と見覚えがあるような……?

 あたしがそうと思っていると、いつの間にか復活していたユピテルが『あっ!』と声を上げた。


『これ、神々の塔にあった石板の文字と同じだよっ!』


 ユピテルの言葉でやっと既視感の理由がわかった。

 ってことは、今ドクの目の前にあるのは、神様が創ったモノ……?


『全マッププレビュー』


 そして、格子越しに青や緑などで描かれた不思議な模様が現れた。

 それぞれが絵画のように宙にふわふわと浮いており、数は全部で九枚ある。

 さらにドクが向かって右から四番目の絵に手をかざすと、他の八枚が宙に融けて消え、一枚の大きな地図が宙に現れた。

 その地図をこちらから見ると、枠の右上が白っぽく、そのちょっと左下が大きな緑、中央の黒い塊の周囲は灰色が覆っているようだった。。


『ふむふむ、君達の世界は実に面白い形をしているな。特に中央の岩山に囲まれた真っ黒な地帯に至っては、まるでココに悪者が居ると演出しているかのようだ』


『まさか……!』


『今ワタシの目の前にあるのは、君達が元居た世界ワンダーワールドだ。そしてこれは恐らく、神が各地を監視するための何らかの仕組みだろう。しかも、神は世界のことわりに触れる術を各地に残していて、ワタシのような地上の民ですら触れることを禁じていない。つまり――』



【セッションタイムアウト】

 一定時間内に選択が受理されなかったため、回線を切断しました。



『我々でも神と同じように世界と世界を渡ることができる……! ワタシはそう確信しているよ』


 ドクはまるでオモチャで遊ぶ子供のような表情で、宙へ融けて消える地図を目で追いながら呟いた。

 ってことは!!


「つまり、あたし達もそれで帰ることができるってこと!?」


『……と期待させておいて悪いが、ワタシもここから先はチンプンカンプンだ。そもそも空間を飛べるなら、とっくにこの牢を脱獄しているだろうからな』


「だよねー」


『いや、脱獄前提ってのはどうかと思うんすけどね』


 妙によい子ちゃんぶってるハルルはさておき、ドクは一つ疑問を口にした。


『ところで、君達はどうやって世界の壁を越えたんだい? 口振りからすると、帰る手段は分からないようだが』


「うん。森の中に光る泉があってね。そこに近づいたら飛ばされちゃったんだ。んで、気づいたら森の中に居て、なんかキリッとしてカッコイイおねーちゃんに捕まっちゃった」


『ふむふむ。それは一種の神隠しのようなものか、もしくは神がゲートを閉め忘れたか……? どちらにせよ、それなら君達が自発的に飛べないのは仕方がないな』


 そう言うとドクは少し残念そうに笑った。

 それを見て、ずっと黙っていたフルルが無表情ながら、何かを決心した様子で口を開いた。


『ドクトルフォーセットルドルフ……』


『ドクで構わんよ』


『君の……その力は……』


 と、フルルが何かを言おうとした、その時――



『貴様らっ! 囚人同士で何の話をしている!!』



 見回りの兵士がやってきて叫んだせいで、フルルは言いかけた言葉を引っ込めてしまった!

 あまりの空気を読めなさすぎるクソ野郎に一発文句言ってやろうと立ち上がろうとしたが、それを見たドクはあたしより一足早くワハハと笑いながら兵士に話しかける。


『これはこれは夜分に御苦労。実は彼女達は、ワタシの考古学研究に興味があるようでな。久々に教鞭を振るわせてもらったのさ。お嬢が若い頃を思い出したぞ』


『馬鹿者! 他の囚人へ話しかけるなとあれほど言っておいただろうが! それに姫様をお嬢と呼ぶのをやめろっ!! そもそも明日は――!』


『他の囚人に話すのは禁止のくせに、ワタシとそんなに話したいのかね?』


 見事な挑発カウンターをくらった兵士はグググ……と怒りで奥歯を噛み締めると、きびすを返し再び入り口の方へと歩き、再び顔だけドクの方へ向けた。


『一切の会話は禁止とする! さっさと寝ろクソジジイっ!!』


『はいはい』


 兵士の注意に対してドクはやる気のない返事を返すと、ごろりと再び茣蓙ござに寝っ転がった。

 それと同時に兵士はランプの明かりを消し、周りの顔が見えないくらい辺りが真っ暗になってしまった。


『うーむ、あの石頭のせいで会話はここまでのようだ。しょうがない、今日のところは寝るとしよう』


『うん……また明日』


 なにやらフルルが大切なことを言おうとしてたみたいだけど、残念ながら打ち切りになってしまった……。

 まあいいや。

 明日、あの空気読めない兵士がどっか行った時に続きを話せばいいし~。


 ――あたしはそんな事を考えながら、あっという間に眠りに落ちていった。

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