085-ある日の森の中

【聖王歴128年 黄の月 ?日】


『どうしてこんな事に……』


 呆然と呟くユピテルの目線の先には、茨で編まれた格子こうしがあった。

 いや、厳密に言うと皆で檻に閉じ込められているので、全員の目の前にあるのだけど。

 しかもこれ、魔力強化オーバーコートされていて、たとえ剣や斧で切りつけたところでキズ一つ付かないらしい。


『姉さん……やっぱり。ここも空間転移が……使えない』


『あっちゃー。こりゃマジヤバっすね』


 無表情ながら動揺しているフルルの姿を見て、ハルルもかなり焦っている様子。

 さて問題です。

 あたし達は今どこにいるでしょう???




 ――時は数刻前にさかのぼる。


【聖王歴128年 黄の月 14日】


<ハジメ村南部 馬車乗合所>


「やっとついた~っ!」


 ここはハジメ村の南に位置する乗合所。

 と言っても、ハジメ村だけでなく近辺の集落はどこも馬車乗り場を持っておらず、この辺り一帯に暮らしている人達が遠出する時は大抵ここが起点となる。

 実は追加料金を払えば村までチャーター出来るのだけど、どうせ大した距離ではないし、少しでも節約するためには、ここからハジメ村までせっせと歩くべしべし! なのである。


『でもさー、せっかくオイラ達しか乗ってない馬車だったんだから、村まで送ってもらえば良かったんじゃないの?』


「まったく、近頃の若者は根性が足らんのぅ」


『えええ~……っていうか、サツキちゃんも若者じゃないかっ』


 ユピテルったら、せっかく弓技大会で優勝して「あたしの中で良い感じランキング」の暫定一位を勝ち取ったというのに、このままでは再び二位転落も時間の問題であろう。

 情けないユピテルの姿に呆れていると、あたしのフードの辺りがモゾモゾと動いた。


「ん? ハルルとフルルも、ここからは飛んでく?」


『んぃ~。久々に羽の運動でもするっすかねぇ』


『運動不足は……美容の大敵。れっつ……えくささいず』


 そんな事を言いながら、ハルルとフルルもフワフワと気だるそうに目の前を飛び始めた。


「さあさあ、出発しんこー!」



◇◇



 それからしばらく北上していると、何やらハルルがいぶかしげな顔でハジメ村近くの森を眺めている事に気づいた。


「どしたの?」


『いや、なんか森の向こうの方にヘンな魔力の渦があるんすよ。どことなくフルルの空間転移にも似ているような???』


『うん……似てるね』


 二人はそう言うものの、どんなに目をこらしても森は森である。


「あたしにはサッパリわからないや」


『オイラも同じく。妖精だけにしか見えないのかな?』


「よし、じゃあ行こうかっ!」


『なんでだよっ!?』


 なんでと言われても、あたし的にはコレをスルーして、そのままお家に帰るほうがなんでだよって話である。


「近くの森に怪しいスポットがあるってのに、それをあっさりスルーするなんて、そんなのウチのおにーちゃんですら認めないよっ!」


『いや、どちらかと言うと、カナタにーちゃんなら自分から突っ込んでいきそうだけどさぁ……』


 そこまで分かってるなら話は早い。

 あたしは渋るユピテルの手を引くと、森へと方向転換して進んでいった。

 念のためハルルとフルルが先頭を進み、続いてあたし、最後尾はユピテルという順である。


『鬼が出るか……蛇が出るか』


『どっちも出てほしくないなぁ』

 

『どっちが出てもブッ飛ばせばいいんすよ』


「ハルルの言うとおりっ。ユピテル減点~」


『なんでさーっ』


 あたし達はだべりながら森の中を進む。

 ハルル曰く、奥へと行くにつれて少しずつ魔力が強まっているらしい。


 そして――


『見つけたっす』


「わあ、典型的……」


 森の奥にあったのは、キラキラと輝く怪しい泉。

 虹色の光が宙へと昇り、融けて消えてゆく様はとても幻想的で、とてもこの世のものとは思えない。


『魔力の発生源は……間違いなくここ』


「……でも、これってヘンじゃない? 森の中に水源があるなら旅人が立ち寄る場合だってあるだろうし、こんなド派手な泉があれば、あたし達の村でも絶対に話題になってたはずだもん」


 あたしが疑問を口にすると、フルルがフワフワと泉の上へと飛んで行った。


『たぶん……新たに泉が"生まれた"……かな』


 フルルはそう言うものの、森の中にいきなり泉が生まれるなんて事がありえるのだろうか?


『フルル~。何があるか分からないし、危ないからこっちに戻ってくるっすよ~』


『うん……わかっ――』



【転送対象を確認】

 承認しました。



『っ!!!?』


 いきなり、あたし達の目の前に文字が浮かび上がると、フルルの全身を光が包み込んだ!


『フルルッ!!?』


『ね……姉さん――……!!』


 目を開けていられないほどの眩しい光が拡散し、フルルは……


『き、消えた……?』


『フルルーー!!!』


 ハルルが後を追うように泉の上へと向かうと、再び先程と同じ文字が現れた。


「えっ、ちょっと、ハルルっ!?」


『私はフルルを追いかけるっす!』


『っ!』


 さっきのフルルと同じようにハルルが光に包まれ――


「ユピテルっ!」


『分かってる!』


 あたしはユピテルと右手を繋ぎながら左手を伸ばすと、まるでお人形さんを扱う時のように、ハルルの細く小さな手を優しく握った。


『サツキ……?』


「何を不思議そうな顔をしてるのさ。フェアリーテイマーサツキちゃんが、ここでほっぽいて一緒に行かないわけないじゃんっ」


『オイラも同じくっ!』


 少し表情を強ばらせながらも、臆することなく宣言するユピテルを見て、あたしはクスリと笑う。


『……ありがとっす!』


 ハルルが嬉しそうにお礼の言葉を口にした瞬間、あたし達の視界は虹色の光に包まれた。

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