065-南街での新たな出逢い

【聖王歴128年 黄の月 12日】


「えっ、サツキちゃん居ないんですか?」


「すみません。次に街を出るまで少し余裕があったので、一度実家に顔を出しておきたいと……」


 とんでもない捨てゼリフを吐いてサツキが去っていった後、微妙な空気でどうしようかと迷っていたその時、まさに救世主のごとくプリシア姫とピートがやってきた!

 ……というか「大国のお姫様が連日遊びに来るのはどうなのか?」と内心とても思うのだけど、国王がプリシア姫を溺愛しているゆえに、それも許されてしまうのだろう。

 今回の経緯をプリシア姫に伝えると、なんとも寂しげな様子でガクリと肩を落とした。


「うう、遠くに行っちゃうならせめて教えてくれてもいいのにっ! 前回も黙って隣国まで行っちゃうし!!」


『まあまあ、もしかするとプリシアが心配しちゃうんじゃないかと思って、気を利かせたのかもしれないじゃないか』


 いや、サツキの場合「そこまで考え至らず」って感じだろうなぁ。

 今回も実家に帰る事と、俺とエレナを二人きりにする企みしか考えていなかったに違いない。


「じー……」


「なんです???」


 何故か俺をじっと見つめていたプリシア姫が、やれやれといった様子で溜め息を吐いた。


「サツキちゃんは対等に話しかけてくれるのに、カナタ様が私と話す際に他人行儀というのは、何だか違和感があると思いませんか?」


「はい?」


 このお方は突然なにを言い始めるのだろう。

 そもそもアイツが無礼講すぎるだけで、プリシア姫に対してあんな話し方ができる奴なんて、世界中のどこを探してもサツキ以外に居ないだろう。


「せめて気心の知れた者達だけで集まっている時くらいは、私に対してもサツキちゃんと同様に親しく接して頂きたいのですけど」


「えーっと、いきなりそんなこと言われましても……」


 苦笑しながら返事をすると、何だか不機嫌な時のエレナそっくりな表情で、キッと俺を睨んできた。


「もう、あなたという人はホント分からず屋ですね! 私に対してもっと親しく接してくださいと言っているのです! これは命令ですよっ!!」


「えええーーーっ!?」


 突然の姫の要求に困ってしまった俺は、ピートにアイコンタクトで意志疎通を試行するものの、その回答は『まあ頑張って♪』みたいな投げやりな表情で返されてしまった。

 そんな事を言われても、一体どうしろと!?

 俺が困惑したまま固まっていると、プリシア姫は上目遣いで再び問いかけてきた。


「駄目……ですか?」


「ぐっ……わ、わかりました……」


「え? サツキちゃんが私に話しかける時に敬語を使ってましたっけ?」


「わ、わかっ……た……」


 だけどそう言うプリシア姫も敬語やん?

 そもそも君、俺を「カナタ様」って呼んでる時点で友人とは違うやん?

 だが、こちらをじっと見つめるその眼差しには、そんな野暮なツッコミを言わせない気迫があった。


「それでは、今後とも宜しくお願いしますね」


「は……お、おう」


 うっかり「はい」と言いそうになってしまったけれど、どうにか言い換えて事なきを得た。

 そんな俺を見てプリシア姫は嬉しそうにニコニコ笑顔で、ピートと一緒に宿を出て行ってしまった。


「な、なんだったんだ!?」


 嵐が過ぎ去り、後に残された俺は唖然とするばかり。

 そして俺は気づいてしまった。



 ――エレナが終始無言だったという事に。



「エレナっ!」


 俺が慌てて振り返ると、エレナは怒っ……てない。

 むしろやる気に満ちた表情で、街を歩くプリシア姫の後ろ姿をじっと見つめていた。


『あの小娘、なかなかやりますね』


「大国のお姫様を小娘呼ばわりするのはどうかと思うんだけど……」


『カナタさん!』


「ひゃい!?」


 いきなり呼びかけられて、思わず声が裏返ってしまった。


『いきなりですけど、デートしたい気分なのでエスコートお願いします!』


「ホントにいきなりだよっ!?」


 唐突な展開に、俺は目を白黒させたまま、エレナに手を引かれながら宿を出発したのであった。



<聖王都プラテナ 南街>



 てなわけで、エスコートをお願いしますと言われたはずなのに、何故かエレナに手を引かれて毎度おなじみ南街デートスポットにやってきました!

 いや、ホントどういう事なのかサッパリなんですけど。


『……ふぅ』


 ようやく落ち着いたのか、いつもののんびりした雰囲気に戻ったエレナは、少し気恥ずかしそうに溜め息をひとつ。


『取り乱してしまってすみません……』


「いや、まあ大丈夫だけど。そもそも心配しなくても、プリシア姫に何か言われたからって、エレナを放っぽり出して旅をやめたりしないからさ」


『はい……』


 そういえば前もこんなやり取りしたっけなぁ。

 なんだかおかしくて、少し笑ってしまう。


『うう、笑われてしまいました……』


「えっ、いやいや違うって! 南街ここに来る時って、大抵エレナの表情がコロコロ変わるからさ。普段はみんなのおねーさん~って感じだから、それとのギャップがなんだか可愛らしくて……」


 俺がそう言うと、エレナは頬を紅く染めて目を逸らした。

 その仕草がおかしくて、また笑ってしまう。


『また笑いましたねーっ!!』


「あはは、ごめんごめん」


『もうっ!』


 今度はさすがに我慢ならなかったのか、エレナは頬を少し膨らしながら俺をジト目で睨んできて、それがまた可愛らしくて笑ってしまう。


「……それにしても、こうやってエレナと二人きりでゆっくり過ごすのは、すごく久しぶりな気がするなぁ」


『ふふ、そうですね』


 のんびりと二人過ごす午後のひととき。

 いつもならこういう時は大抵、物陰からこちらを覗き見てるチビッコ達が居るのだけど、今日はそんな心配要らな――


「じー……」


 し、心配――


「じー……」


 ……えーっと。


「なあエレナ」


『は、はいっ』


「アレ、知り合い?」


 なるべく直接見ないよう、視界の隅でこちらをガン見してくる子供の方に一瞬だけチラリと目線を向けてエレナに問いかけたものの、エレナはふるふると首を横に振った。

 子供は頭まで隠れる程にぶかぶかの白装束姿で、エレナと似たような衣装ではあるものの、その格好で街の隅に身を潜めてジッとこちらを眺められているとなると、さすがに怪しさ爆発である。


「うーん……どうしたもんかなぁ」


 それからしばらく膠着こうちゃく状態が続いていたのだが、子供は数回深呼吸するとこちらに向かって歩み寄って来た。

 俺は念のため、すぐに応戦かげぬいできるようテーブルの上にあった木串を手に取るが、近づいてきた子を細目で見つめていたエレナが突然『あっ!』と驚きの声を漏らした。

 その瞳に何が見えたのかを聞こうとしたものの、目の前でフードを脱いだ"女の子"の姿を見て、俺はエレナへの問いを口にする事なく言葉を飲み込んだ。


「いきなり話しかけて、申し訳ありません……」


 まるで幼子おさなごのように小柄で、ウェーブがかった金髪ブロンドに炎のようなあかい瞳……。

 俺は、この子と良く似た女の子を知っていた。

 だけど、姿は似ていてもその雰囲気は全く違う。

 そもそもアイツだったら「申し訳ありません」なんて言うわけがない。

 俺とエレナを見て、開口一番に言うとすれば「あら奇遇ね。お邪魔だったかしら?」だろうか。


「君は、もしかしてシャロンの……!?」


 つまり、俺達の前に現れたこの女の子は――


「初めてお目にかかります。私の名前はコロン。聖王都中央教会のプリーストをしている者です」

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