02. Into the trouble
放課後、刹華は指定されたコーヒーショップに赴いた。彼女が置き手紙に従ったことに、特に深い理由はなかった。強いて言うなら、こういった回りくどい事が嫌いな刹華は、相手に文句をつける為に来たようなものだった。口で言えとか、せめて名前を書けとか。
相手はきっと面識がある相手に違いないと、刹華は広めの店内をウロウロと歩き回る。すると、店の一番奥のテーブル席に見知った顔を発見した。
「こっちこっち。放課後から結構時間経ってない?」
見知った顔というよりも、見知った髪色。それも今朝。烏丸羽月はテーブル席から、刹華に向けて可愛らしく手を振ってきた。テーブルの上の甘そうなドリンクに目を奪われつつ、刹華はそこに向かい合う形でどっかりと座った。
「隣の席なら来て欲しいって口で言え。あとは自分の名前を書け」
刹華が高圧的に言いたいことを伝えるが、羽月は怖がる様子もない。
「そうすると君が困るかなって思ったんだよ。避けられてるっぽく感じたから、名前を書くと来てくれないかもって思ったし……もしかして、お店で何にも頼んでないの?」
怪訝そうな顔で羽月は問うた。
「言いたいこと言ったら帰るって決めてたからな。じゃ」
「……いいの?後悔しない?」
その口調は先程までとは打って変わって高圧的で、刹華に妙な威圧感を感じさせた。それはほんの少しのものであったけれど、刹華の足をほんの少しだけ止めるには十分だった。
「あ?」
「君に大事なお話をしようかなって思ってたんだよ。それに……」
羽月の指は、テーブルの上に置かれていた小さなチラシを摘み上げた。
「この新商品、食べたくない?奢ってあげてもいいよ?」
チラシに描かれていたのは、テーブルの上にある生クリームの乗った飲み物と一致していた。
「……いただきます」
席に戻ってくると同時の挨拶。その直後、刹華は乱暴にチョコチャンクスコーンにかぶりついていた。野性味溢れる光景に、頬杖をついたまま呆れる羽月。
「いただきますは言うんだね。っていうか、奢るのは飲み物だけのつもりだったんだけど」
羽月の渡した千円札は、トレーの上のスコーンとドリンクと僅かな小銭に変わっていた。
「返さねぇぞ。あたしには金がない」
「はいはい、貸しイチだからね。まあ、話を聞いてくれればいいんだけどさ」
必要経費必要経費。そんな風に己へ言い聞かせる羽月を他所に、スコーンはどんどん刹華の中へと消えていく。
「とりあえず雑談でもしよう。奢られておいて、拒否なんてしないでしょ?」
「……しょうがねぇな」
他人を買収するのは意外と簡単なのかもしれないと思いながら、羽月は飲み物で喉を潤した。無論、相手が食において満たされていない刹華だからという面が大きくはあるのだが。
「鬼ヶ島さんは、この街に住んで長いの?」
「まあ。ガキの頃からいるしな。庭みたいなもんだ」
「ふうん。じゃあ、色々な場所知ってるよね。いいじゃん。友達とか多いほう?」
「……それらしいのが一人だけ」
少しづつ、羽月に対する不信感が刹華の中で膨らんでいく。
「そっかぁ。そこはあまり嬉しくないかな。形骸的でも友達は大事だよ? あと、脚は速い?」
「あたしの事ばっか聞いて、なんのつもりだ。からかってるなら帰るぞ」
あまり気の長くない刹華は、羽月を睨みつけた。それでも、羽月の態度は変わらない。むしろ少し険しくなった位だった。
「からかってない。君の能力を聞きたいんだよ。速い速くないって漠然としてるし、指標が要るね。百メートル何秒で走れる?」
「……時間の無駄だ。帰る」
刹華は思ったことをそのまま口に出し、テーブルに乱暴に手を突いて立ち上がる。
「動かない方がいいよ。逃げられるとは思えない」
「誰が逃げる……」
刹華が言葉を止めたのは、羽月の携帯電話が机に置かれたからだ。正確には、その携帯電話の液晶に映し出された映像に絶句させられてしまった。
街頭に照らされた薄暗い路地を頭上から撮影した映像。そこには、男達を相手に戦闘を行う女性の姿が映っていた。その姿からは獣のような腕や耳が確認でき、普通の人間ではない事を示している。鮮やかに男達を片付けると、彼女はゆったりと現場を後にする。カメラがそのままついていくと、曲がり角の先で通常の人間の姿に戻った。黒いポニーテール、Tシャツにジャージ。ラフな服装の鬼ヶ島刹華そのものあった。
映像の再生を止めると、羽月は立ったままの刹華を見上げた。刹華は羽月を睨みつけていた。
「レッダー。突然変異的に他の種の力を得た詳細不明の亜人達。まったく、国のお尋ね者が転校先の隣の席だとはね」
「脅してるつもりか。この場でその電話ごとぶっ壊してもいいんだぞ」
「壊してもいいけど、バックアップとってるし無駄だね。傷害にわざわざ器物破損までオマケでつけるの、私にも君にも無意味でしょ」
イライラする刹華と余裕を見せる羽月だったが、羽月からどことなく焦っているような雰囲気を刹華は感じた。イライラする自分を落ち着かせるつもりで深く溜息を吐き、椅子に座り直した。
「向こうから絡んできたんだよ。不良共にあたしから手を出した事なんて一度もねぇ」
「どちらにせよ、この動画を警察に出したら人間に暴力的行為を働く凶暴なレッダーとして保護されるでしょ。聞く耳持たれるとは思えないね。レッダーに関する薄暗い噂、聞いたことない?」
噂に疎い刹華にも、流石に聞き覚えがあった。国はレッダーを人道的に保護することにしているが、人体実験や軍事方面に利用されるとか、洗脳じみた再教育がなされるとか。噂は噂でしかないと思いつつも、その噂を否定する存在が今まで現れなかった為、刹華の中にはいつも憂鬱な気持ちが渦巻いていた。
「……だったら、あたしに何しろってんだよ。カツアゲされる金もねぇぞ。昨日の連中みたいに、身体で払えとか言い出す気か?」
萎むように椅子に座る刹華を見て、羽月の表情はほんの少しだけ緩んだ。
「そんな外道な真似はしないよ」
これが全ての始まりだとは、刹華も、羽月ですらも考えていなかった。
「君を雇いたいんだ。もちろん、結果が出れば給料も出すよ」
「……雇う?」
疑問符が浮かんでいる刹華を差し置いて、羽月は携帯電話を少し触った。
「君にやって欲しいのは、コレなんだけどね」
テーブルの上に置いた携帯電話には、一枚の写真が映っていた。
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