皇国維新

金剛ジャック

プロローグ ~大八洲が千代皇国の礎~

 私は全力で走っていた。

 あんなに優しかった牛さんたちが突然暴れ出して、あたり一帯はたちまち地獄になった。誰かの悲鳴が、獣の雄叫びが、牧草を耕す蹄の音が、ひっきりなしに聞こえる。全方位から漲る殺意を叩きつけられる。

 それは、私が初めて肌で体感する「戦場」だった。



皇紀2685年4月5日 北海道野付郡別海町


――――家畜集団魔物化事件――――



 それは、一帯の牧場の乳牛が一斉に魔物化するという大事件であった。人の営みのすぐそばに突如として出現した強力な魔物の集団は、当然の帰結として多数の死者を出す大惨事を引き起こし、陸上自衛隊が投入されるに至った。

 それは日本史上二度目となる、大規模な「魔法事件」であった。そして同時に、国土転移後の日本における「魔法」の歴史の始まりでもあった。


















「私の最後の私情と、救えぬ者の切除は終わった。さぁ、救おう。救い続けよう。私は最早救う者にはなれない。だからなんだ。構うものか。絶対に、救い続ける。すべての世界から、救いが要らなくなるまで。私は、その依代であり続ける。それが人の在り方でないとしても…私は最早、人でも、…の……でも、魔物怪物ですらないのだから…」





「おーにさーん、こーちらっ」





「馬鹿な、それでは最早未来予知だ…予言は真に可能だとでも言うのか…全て初めから、全て…奴らの計画通りだったとでもいうのか…!!」





「だって、私は救世主だから」





「ええ、人なんてそんなもの。愚かで、醜くて、淫らで、汚らわしくて、筋を通せない…人なんてそんなもの。でも、それでいいんじゃありませんこと?…だって、それが人間ですもの」





「つーかまーえてっ」





「我が国は王国でも、帝国でも、共和国でもありません。我が国は、我が国こそが、世界で唯一の『皇国』なのです」









 彼は遂に、世界の為に、己の全てを消し去ろうとしていた。

「君は救う者だ。世界の理想を最善とするため、僕は君の試練となろう」

最早、性別も、寿命も、彼にはなかった。

「さぁ、君の信じる可能性を、皆が信じる君の描く未来を、その手で手繰り寄せてみせろ、救世主!」

ついには、個と、生命さえも失おうとしている。

「君の仲間と、君達の勇気と、君達の信じる心で…」

しかして彼は、階段を昇る。

「…私という、世界の試練を乗り越えてみせろ!!」

己が憧れた、ただそれだけのものに、手を伸ばすためだけに。

それはまさしく、紛れもなく―

















“Tout ce qu'un homme est capable d'imaginer, d'autres hommes seront capables de le réaliser.”

















 私はちょうど、死ぬところだった。

 一緒に走っていたお母さんが転び、お父さんと私は立ち止まってしまった。それが間違いだった。地を蹴る轟音に振り向けば、荒ぶる巨体が迫っていた。

「ひっ…」

 避ければどうにかなるかもしれない。でも脚がすくんでしまって動かない。

 私は目を瞑って、死の痛みに身構えるしかなかった。



 …しかし、痛みはいつまでも襲ってはこなかった。

 恐る恐る目を開ける。そして目を疑った。


 私よりも背の低い、それでいてとてもとても大人びた長い白髪の人が、白い綺麗な顔をこちらに向けながら、巨大な牛を片手で抑えていたのだから。


「やぁ綺麗なお嬢さん、お怪我はありませんか?」


 それが、私が「魔法」に、そして「救世主」に出会った瞬間だった。

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