宇宙・雲・こたつ

 私は、『地球外惑星調査隊』の一員である。


 40世紀を迎え、地球人はその生活圏を宇宙にまで拡大させた。人口が爆発的に増えた今、私たちが住むのに地球はあまりにも狭すぎるからだ。


 宇宙のどこかに移住するためには、人間の住むことのできる惑星を探すことが不可欠だ。もしその惑星に原住民がいたのなら、移民である我々を受け入れてもらえるよう交渉しなければならない。


 地球人が移住することのできる惑星を探すことと、原住民の住まう惑星について様々な調査を行うのが我々の任務だ。


「隊長。5万光年先に、水と酸素のある惑星を発見いたしました」


 各国の精鋭たちが集められたこの調査隊の隊長を務めるのが、日本人の私である。日本人初の調査隊入りを果たし隊長にまで上り詰めた私は、国の期待を背負って銀河の彼方まで飛び立った。


 それから数年、念願となる居住候補の惑星を隊員が見つけたとあって、宇宙船内は大いに沸き立った。


「よし。モニターに映してくれ」

「少々お待ちください、あと数十秒かかります」


 我々が乗る宇宙船の中央部にあるモニター室へ隊員を集合した我々は、頭上に広がる巨大なモニターに惑星が映るのを固唾を飲んで見守る。何も表示されないそれを一斉に見つめる我々には、その数十秒が永遠にも感じられた。


「映ります!」

「おお、これが」


 モニターに映った球体は、地球とはその風貌が大きく違っていた。

 水と酸素があるとのことだったので、地球のように海がそのほとんどを占める星だと我々は思い込んでいた。


「真っ白ではないか」

「どうやらこれはすべて、雲のようですね」


 映し出された惑星は、その表面のほとんどが白く覆われていた。隊員によると、それはすべて雲であるという。太陽の光すら届かないと思われる白い星だが、雲があるということは水分があるのは間違いないだろう。


「よし。ここへ向かおう」

「了解。座標セット、二分後にワープします。皆さん、着席してベルトを締めてください」


 地球人が宇宙に進出するようになったのは、このワープ技術がすべてのはじまりといっていいだろう。数千光年、数万光年、数億光年という単位はほとんど意味をなくし、宇宙の端から端まひとっ飛びできるようになったのだ。


 我々が着席してからほどなくして、宇宙船内にある窓から見える景色が、途端に闇に包まれた。その瞬間、思わず前のめりになりそうな強い衝撃が私を襲う。どうやらワープホールに入ったようだ。


「ワープホール脱出までのカウントダウンはじめます。10、9……」


 一秒一秒の経過を逐一報告してくれる隊員の言葉が「0」となった瞬間、窓の外に広がっていた闇は一気に晴れ、表面が鈍色に近い白で覆われた球体が目の前に現れた。どうやら目的の星に着いたらしい。


「着陸開始」


 私がそう言うと、宇宙船は真っすぐにその球体へと進みだした。

 あっという間に大気圏を抜け、この星の特徴とも言える分厚い雲を抜けた先には、荒野が広がっていた。


 やはり太陽の光が届きにくいのだろう、植物は育っていないようだ。


「生体反応あり。原住民ですかね」


 こんな緑もない土地に原住民がいるとは思えなかったが、どうやら生体反応はあるらしい。荒野に宇宙船を着陸させ、我々は新たな土地へ降り立った。

 このデカブツを降ろしてもなお、誰かが見に来る様子もない。やはり原住民はいないのではないだろうか。


「なにやら怪しいな。私一人で見に行く。一日経っても戻らなかったら、隊を捜索班と待機班に分けて行動するように」


 底知れぬ不安を抱えたため、まずは隊長として私だけが捜索にあたることとした。隊員たちにそう命じたあと、のそりのそりと荒野を歩き出した。


 無限に続いているかのように見える荒野だが、不審なところが一点ある。

 不均一な感覚で、まるで繭のような白い塊が荒野に転がっているのだ。この惑星に生息する生き物の繭だろうかと触ってみたが、どうやらその感触ではなかった。


 私の知っているもので例えるならば、布団や毛布に近い感触である。確か実家のこたつがこんな感触であった。


「お客さんだなんて珍しいなあ」


 文字通り遥か遠くにある古郷を思い感傷に浸っていると、白い塊の中から声が聞こえてきた。声だけではない。にゅっ、と顔が現れたのである。


「うわあ!」

「びっくりさせちゃったかなあ。ごめんごめん」


 間延びした声を発するその顔は、確かに生き物のそれであった。目が二つある、鼻もある、口もある。地球人のそれとかなり近いように感じた。


「すみません。まさか人が中にいるとは」

「気にしないでえ」

「突然の訪問、失礼いたします。私は地球という星からやって参りました。原住民の方でしょうか?」

「そうだよお。遠いところよく来たねえ」


 どうやらこの惑星に生体反応があったというのは、どうやら本当だったようだ。

 この繭のような何かの中に人がいるだなんて、誰が想像できようか。


「あちらこちらに転がっているのも?」

「全部人だと思うよお」


 先ほどから散見してきた白い塊も、すべて原住民であるという。そのことにも大層驚いたが、轟音とともにやってきた我々にも目もくれず、白い塊の中にもぐり続けていたこの者たちの図太さに何より驚かされる。


「この星の方々はこのような体をしているのですね。我々の体とは随分と違うので、驚きました」

「いやあ、僕たちの体もあなたのそれとあんまり変わらないよお。この白いのはね、雲なんだ」


 そして、この星到着以来、最大級の驚きがこの者の口から発せられた。

 にわかには信じがたいが、毛布のような手触りのこの白い塊は、なんと雲だという。


「この星、雲が多いでしょお? だからかなり寒いんだあ。僕たちはその昔、雲を布のように変換して地上に降ろしてくる技術を開発してねえ。寒さを凌ぐためにそれを身に纏うようになったんだあ。この星は、雲だけは無限にあるしねえ」


 ふわあ、とひとつ欠伸をして、相変わらずのまったりとした口調で原住民は淡々と語る。とてもそんな風には見えないが、この星の者たちはとんでもないテクノロジーを持っているという。


 これは驚きだ。

 地球人と同じような体を持ちながら、地球人とはかけ離れた技術力。

 似た顔立ちであることから親近感を覚えていたが、今ではどこか遠い存在のように感じる。



「けどねえ、これが予想以上に気持ちよくてさあ。この星の人たちはみんな、雲から出れなくなっちゃったんだあ。最初は、手に届かない物に手を伸ばすのを億劫に感じてたくらいなんだけど。その内、雲にくるまって動くのをやめちゃったんだあ。雲の中にもぐりこんで寝て、たまにひょっこり顔を出すくらい。どれもこれも、雲が気持ちよすぎるのがいけないよねえ」



 しかし、途端に親近感が舞い戻ってくる。

 私の母国にも同じような現象が――『こたつむり』なんて呼ばれる現象があったのを、思い出したからだ。

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