すとーきんぐ その9

「ねぇ、1つ聞くけど」


 と、毬夢ちゃんが少し頬を赤らめながらドッペル君に語り掛けます。


(雑念だ、雑念を振り払うのだ俺よ)


 もうその時点で雑念まみれですけどね~。


「……何だよ」

「私って、結構可愛くない?」


 自分で言っちゃいましたよ、毬夢ちゃん。実際可愛いんですけどね。


「可愛くないと言ったら嘘になるかもな」

「その私を結構ぎゅっと抱きしめてますよね? 樹々君は」


「まぁ……そう、だな」

「の割りには、全然ドキドキしてる感じに見えません。なぜ?」


(聞くなや、んな事。隠してるだけだちくしょう)


 心の中で絶叫するドッペル君。うん、さすがにこれは毬夢ちゃんの訊き方がズルいです。


 狙ってやってるのであれば性格が悪いですし、天然で言ってるのなら魔性の女です。……毬夢ちゃんなら正攻法で攻めた方が効果的だと思うんですけどね~。


「ねぇ、なぜ?」


(だからその角度止めろ。普通に可愛いんだよ上目遣いのお前は)


 怒涛の連続攻撃です。ボッコボコに攻め立ててます。ドッペル君が理性的な何かを保とうと、心の中で色んな事を呟き始めました。


(俺は樹々。宇都宮樹々だ。その俺が莉央以外の女を抱きしめてテンション上がるだなんて、そんな裏切りがあってはいけない。あってたまるか)


 なるほど。本物の樹々君は莉央ちゃんが好きなのに、ていうか付き合ってるのに、そのドッペルである自分が莉央ちゃん以外を好きになるわけにはいかない。それは裏切りだ、と。そういう事ですか。


 これ、律儀って言うべきです? 貞操観念的な? むむむ、強敵ですね。頑張れ毬夢ちゃん、私は応援してますよ。


(そもそも、偽物ドッペルの俺が裏切るとか言ってる事自体、色々おかしいんだけどな) 


 ドッペル君は自嘲気味に心の中で呟き、大きく溜息をついちゃいました。


「……はぁぁ」

「なに? 女の子を抱きしめながら溜息とか喧嘩売ってるの? ねぇ」


「つねるな、痛ぇ。いや、これはただの精神統一と言うか、気を紛らわせると言うか」

「……へぇ~? それってやっぱり私にドキドキしてるって事かな? かな?」

「うっせぇ違ぇよバカ」


 早口で否定するドッペル君。まぁ、早口になってる時点で語るに落ちてますけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る