第34話 一転攻勢
北側の戦線で連合王国軍を仁王立ちで睨む自由軍は、昼飯を食べた時とまったく同じ一列横隊のまま、各戦車内で冷えた夕飯を済ませていた。
フレッドは渋みの強いカフェイン増し増しチョコレートをたいらげ、青銅色の目が充血する勢いで見開かれる。マリーは狭い操縦席に座ったまま器用に振り返り、ぎんぎんになった車長の目を見て、うわあっと声を漏らす。もちろん、彼女の分のチョコレートは未開封のまま、鞄の中に放置されている。
「残すくらいなら、欲しかったんだがなあ」
真っ直ぐ見つめ返してくるフレッドだが、比較的普段からはっきり見開かれている目が、さらに二回りほど大きくなっており、酷い充血も相まって気味が悪い。
「食べ過ぎない方がいいと思うわ。カフェイン過多だし、たぶん体に悪いわよ」
「大丈夫だ、銃砲弾よりは体にいい。このチョコのおかげで、脳を覚醒することができ、判断ミスを減らせるのだ。チョコ食って敵の攻撃を見切って避けて、生きて帰る、できれば勝って。将来の健康など、今日を生き延びた者だけが案じられるのだからな」
正論に違いはないが、どこか納得し難い言葉に、マリーはいつも通り首を傾げつつ、正面へ向き直る。
フレッドは襟を正し、首にかけていたヘッドホンを付け直すと、立ち上がって頭上のハッチを押し上げスライドさせる。それからキューポラより顔を出した。日の落ちた林の中で正面を望めば、闇の中、相変わらずブレナム重歩兵戦車が四〇両ばかり、斜面に陣取り、こちらに砲を向けている。ただ、砲を向けているだけで、撃ってはこない。それは、裾野にいる自由軍側も同じであったが。
敵が薄闇の中、日中と同様の警戒態勢に留まっているのを目を細くして確認し、元帥は咽喉マイクをつまんだ。
「さて、夕飯が終わったところだが、昼寝はもう十分か?」
砲手シモンが、ああ、と不機嫌そうに即答する。おかげで続く三人の返事に、笑いが混じる。フレッドも鷹揚に笑うと、唇がゆるんだまま続ける。
「暴発寸前といった様子だな、シモン。大丈夫だ。これからは年越しの花火より派手にぶっ放してくれていい」
マリーとカールが笑い、シモンは馬のような荒々しい鼻息でこたえる。そんな暴れ馬の真横に座る装填手ニメールは、驚いて肩を少し震わすが、すぐに、頑張るのです! と明るい口調で返した。
フレッドは踏み台にしていた車長席から下り、頭上のハッチを閉める。それから正面のペリスコープを覗き込みつつ、カールに命じる。
「通信手、ホフマン中佐に伝え。攻撃前進を開始する。ここからは、いかなる攻撃を受けても、決して後退は考えるな。全力で攻撃し、前進し続けろ」
元帥の命令に、スコーピオン車内の空気が一変した。銘々目に火が付き、背筋が伸びる。体の真正面に、未だ動かぬ敵を捉えて。
命令を受け取ったグローサー・パンター別動隊が、おもむろに前照灯を明るく灯し、砲を敵前列へ向ける。スコーピオンも照明を灯し、準備万端整った。
フレッドは一つ深呼吸すると、咽喉マイクをつまむ。
「
かくして停滞した戦場に、大きな風が吹き始めた。
「
昼間の沈黙を吹き飛ばすように、スコーピオンの14センチ砲が吠える。斜面でブレナム一両が火の手を上げると、グローサー・パンターの
「敵の油断は我が好機! 全速前進! 突っ込め!」
フレッドがマリーに叫ぶ。操縦手は加減弁レバーを目いっぱい引いて、同時にドレン弁を開け放つ。砲塔下の車体から爆蒸気がもうもうと噴き上がる。
敵の車長が、正面で不意に立ち昇った真っ白いカーテンに驚いて目をやる。その霧の中から漆黒の怪物が猛然と飛び出してきて、火を噴いた。その車長は、あっと声を漏らす時間もなく、鋼鉄の重歩兵戦車と命運を共にする。大蠍がその巨躯に似合わない素早さで、敵戦車の骸の脇を、敵戦線の中央を突破してゆく。
敵は混乱しながらも、ど真ん中を通過していった超重戦車の背後を襲うべく、砲塔を後ろへ旋回させる。だが、それは大蠍の背後に控えていた黒豹たちに弱点を晒すだけであった。横顔や後頭部に次々直径8.8センチの砲弾が突き刺さり、あちらこちらで爆発炎上していく。
三八両による突風のような攻勢に、敵四〇両はたちまち総崩れとなって、この地上から消滅した。
しかし、消滅する寸前に救援の無線を送ったのであろう。嵐のように第一線を突破したマンシュタインたちの前に、再び四〇両程度の敵が現れる。とは言え、整然と横隊を組んで待ち構えていたわけではなく、来援のために斜面を駆け下ってくる最中だった。敵は坂を転がり落ちながら、味方の背中ではなく、敵の顔面と遭遇したことに動転し、各車まとまりなく撃ってくる。またしても、自由軍は敵の不意を突いた。
「話にならん。軽くひねってやれ」
フレッドが鼻を鳴らしてそう命じると、14センチ砲と
――その思いがけない窮地が、ついにあの人物を動かした。
ペリスコープより正面を覗いていたフレッドが、思わず快哉を上げる。
「良し! 鉄を釣り上げたぞ!」
連合王国軍の生き残りおよそ六〇両全てが、鉄壁の防波堤となって眼前に現れた。その横隊の中心、スコーピオンの正面に構えるは、他でもない
フレッドは高揚して腹から叫んだ。
「
そして、大公に告げる。
「通信手、全軍に伝え。現刻をもって
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