第33話 空のコーラ瓶

 正午を回り、元々動きのダイナミクスに乏しかった北側の戦線が完全に膠着した頃、火花散る南側の町でもフラストレーションが高まっていた。

 合衆国軍の元帥、かつ、シュトゥルムガルトに集結した連合軍計八万名の最高司令官たるアンダーソンは、コーラ瓶を乱暴に仰ぎ、軍靴で石畳を蹴った。

「Shit! なんで四万人もいて、千人程度の敵を押し切れんのだっ?!」

 戦車の排気ガスをかぶる屋外、簡易的な卓上に広げた地図を睨みつける。町に殺到する敵を押し返して、敵本隊まで攻め入ってやるとガーリー軍相手に息巻いていたのが、四時間ほど前。前線は押し返すどころか、前進隊長ブリュッヒャーとその部下、そして、触発された装甲擲弾兵の度重なる猛攻を受け、押されにおされ、自分たちの方へ着実に迫ってきていた。

 参謀の一人が冷静にコメントする。

「敵の歩兵装備が、事前の予想より優れていたのが、一つの要因でしょう。結果、歩兵戦闘は完封されていますし、歩兵の援護なくしては、まともに戦車戦はできません」

「だが、数があるだろう!」

「確かにシャーク中戦車は、戦線のどの場所においても敵に対し数的優位を保っています。しかし、ティーゲル・ドライに全く歯が立たなかったあの戦車では、さらに火力と防御力を増した新型重戦車に対し力不足なのは明らかです」

「側面や背面くらい貫通できるだろ!」

「前線からの情報によれば、車体側面には強力なサイドスカートが追加されているようですし、難しいでしょう。75ミリでも76ミリでも、関係なく弾き飛ばされます。それに、背後へ回り込むなど、それこそ歩兵の支援が必要ですが、先にことごとくやられておりますので、それも出来ません」

「理屈の多い奴め。つまり、どうしろと言うのだ?」

 そう怒鳴ってコーラ瓶をラッパ飲みし空にする。参謀は顔色一つ変えず、“正論”を吐いた。

質で敵わない以上、、、、、、、、量で圧倒する他ありません、、、、、、、、、、、、。中央経由の情報では、連合王国軍は丘の頂上を死守しているようですし、万一にも敵に中央突破される可能性はありません。このままでは、中央にいる同胞二万名は遊兵も同然です。引き抜いて、さらにこの右翼側へ投入するのがよろしいかと」

 アンダーソン元帥は、空になった瓶をその辺に投げ捨て、一つうなずいた。

「やはり、そうするしかないな。よし、中央からさらに一万人引き抜け。歩兵と戦車は半々になるように。四十倍で駄目なら、五十倍で蹂躙してやる!」

 狭い町の中にさらに味方を呼び込み、合衆国軍は結局、数のみを頼りに、突破目標への圧力を強めた。




 四万人対一千人で始まった戦闘が、ついにおよそ五万人対一千人に膨れ上がり、戦力差を五十倍近くに突き放される。敵の増員にブリュッヒャー大佐は勘づくと――絶望するどころか、興奮し切って雄叫びを挙げ、高い空に向かって両拳を突き上げた。

「やはり戦いとは、こうでないとなあ!!」

 マンシュタイン元帥なら土気色の顔がさらに血の気を失うだろう絶望的な戦力差でも、名前だけで敵を恐れさせる闘将には、高揚のスパイスにしかならない。

「かくも大勢の敵に出迎えられるとは、最高の復帰戦だ! 敵の盛大な歓待には、相応の礼儀と、相当以上の鉄と血でもって応えてやろう! 俺は嬉しいぞ!!」


 不屈の闘将が満面の笑みで吠える最中、合衆国軍は自軍最左翼に中央から移動してきたばかりで疲労ゼロの援軍を集中投入し、数に物言わせた突進で、自由軍側の戦列を北端から突き崩そうとする。町の北側で大量のシャーク中戦車と歩兵部隊が力技でせり出し、進む先、進む先でレーヴェ重戦車を押しのけてゆく。アンダーソン元帥の目論見通り、自由軍最右翼は過剰な物量による圧力に耐えきれず連続して突破され、自由軍の右側面へ敵が大量に雪崩れ込む。

 だが、前進隊長の薫陶が染みわたる血気盛んなレーヴェ重戦車隊右翼は、そんな危機的状況にも嬉々として、肉食獣の冷酷な本能で的確に対応した。急進してきた敵が足をゆるめ、正面突破から側面攻撃へと部隊の方向を変える寸前に各所で食らいつき、細長く伸びた敵戦列を千々に寸断する。猛獣たちの無駄のない獰猛な狩りに、合衆国軍の新手部隊はたちまち混乱し、戦列を細切れにされたまま各所で袋叩きにされ、間もなく地上から消え去った。

 合衆国軍は敵の脇へ伸ばした新品の腕を木っ端微塵にされて失い、結局、戦線はおよそ四十倍強の兵力差で膠着する。




 昼をはるかに過ぎ、午後が進んでも、戦線は北・南ともに目立った動きはなかった。

 アンダーソン元帥は、マンシュタインが昼前までに決着を付けたがるだろうと初めに踏んでいただけに、午後の自由軍の積極性のなさに頭を悩まし始める。朝のような砲撃と機動、突撃によって戦線を押し上げてくるような精力的な気配はない。かと言って、前進連隊の名に恥じない強烈な圧力を常時前線へ加えてきており、絶対的な数量差にも関わらず、うかつに部隊の再配置ができないほどの緊張状態が続いている。実際、日が西に傾き始めてからも、猛獣からの圧倒的なプレッシャーや疲労から少しでも隙ができると、ブリュッヒャー連隊と装甲擲弾兵は、目をぎらつかせ、すかさず飛びついてきて、じりじりと戦線を進めてくる。午前のように、一気に広大な面積をゲインされるような場面はなくなったものの、それが自軍のディフェンスや敵の疲労によるものでないことは明らかだ。

 ――だとしたら、この午後のやる気に欠ける動き、何が狙いだ?

 背後に沈んでゆく夕日を背に受けながら、アンダーソンは考え込む。目の前には、敵味方の戦力配置を示す地図に、自身の大きな影が覆いかぶさっている。

 ――敵は戦力が少ないどころか、根本的に戦略面でこちらに劣っている。長期戦になれば、有利になるのは俺たちだ。その気になれば、武器弾薬の補給は幾らでもできる。明日も明後日も粘るなら、勝ちの目はある。

 割れた顎をさすり、眉間に皺を寄せた。

 ――だとすると、今夜か。

 陽光を失い、気の早い星が瞬き出した東の空を見上げる。思えば、ミュンヒェルン、アウクスブルクと駐屯地を追われた時も、マンシュタイン一派は夜に仕掛けてきた。屈辱的敗北を喫した昨年11月11日、黒の森での戦いも、夜に仕掛けられ、合衆国軍の機甲部隊が壊滅した……。一つうなずくと、傍らの参謀に命じる。

「中央からこの右翼に、あと五千人回せ。敵はきっと夜にまた動き出す。こちらが終日の戦闘に疲弊したと思い込んでいるところへ、元気な奴らを当てて、今度こそ引導を渡してやる」

 Yes, sir! と参謀の一人が内容をメモに書き留め、無線手の下へ走る。一方で、他の参謀が同じ無線手のところから紙片を片手に駆け寄ってきた。

「Sir! ガーリー軍のボナパルト将軍が、夜間の敵本拠に対する全面攻勢について、相談したいと言ってきております」

 途端、アンダーソン元帥は不愉快そうに舌打ちした。

「相談? しかも全面攻勢だと? 一体、どの立場でものを言ってるんだ、あいつら。たまたま今日の作戦案の原提供者だからというだけで、朝一から図に乗りやがって。そもそも、奴らが連合軍にいるから、事実上の敗戦国の分際で戦勝国を名乗りたがるから、プロイス人が敗戦と占領統治を受け入れられず反発するんだ。マンシュタインの解放戦争が支持されるのだって、ガーリーのせいだ! ラジオではああ言ったが、俺だって嫌だね! 終戦後もなお完璧に首都を占領できていた敵国に、逆に戦後占領されるなんて。国際法上問題がなくたって、感情的に受け入れられないのは当然だろ! 自分たちが今日の戦いと解放戦争に至った根本の元凶で、連合軍の頭痛の種だっつうことが、あの鶏野郎、自覚できねえのか!? 美術品だけ持ち出して、国民と首都は平気で捨てて真っ先に逃げ出すチキンのくせに!」

 腹の底に滞留したガーリー軍への苛立ちが飛び出す。アンダーソンの脳内には、若いボナパルト将軍の優等生ぶった言動と、強烈に噛みついてきた不気味な白い仮面の怪人の姿が浮かんでいた。

 大げさに咳払いすると、参謀に告げる。

「詳細は追って指示する。それまで待機せよ。以上だ。ああ、あとコーラを追加で1ダース」

 参謀は敬礼して走り去ってゆく。

 世界を我が物と思う大国の元帥は、弁えない同盟国と、意外に長引く戦闘と、空になったコーラ瓶に、大きくため息をついた。


 東から出た日は西へ沈み、時が止まったような戦場に、月の光が落ちようとしていた。

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