第31話 冷徹と狂気
スコーピオン超重戦車を中央先頭に、グローサー・パンター中戦車が左右に二五両ずつ羽のように付き従う矢じりの陣形のまま、別動隊はついにゆっくりと斜面を登り始める。
フレッドは前方の複数のペリスコープを右へ左へかわるがわる覗いてゆき、木々の間に目をこらす。黄金に輝く秋の林、そんな天国のような景色の中、一時方向、およそ400メートル先の斜面上で、こちらを狙う17ポンド砲の砲身が早速かすかに光る。
シモンに命令を下そうとした時、右斜め後ろから甲高い発砲音が轟き、敵の砲身が覗く藪から火の手が上がった。一両のグローサー・パンターが、早速、重戦車並の
「さすがホフマン中佐。副連隊長の腕は鈍ってないな」
元帥を超える早さで反応した中佐の攻撃に感心し独り言ちると、他の戦車も追うように発砲を始め、藪から幾つか火柱が立つ。17ポンド砲の餌食になるまいと、各車が必死に敵重戦車を探し、見つけ次第、甲高い咆哮を上げて砲撃していく。スコーピオンも先頭に立って、漆黒の頭を左右へ振りながら、14センチ砲の重低音で木立を揺らし、葉を降らし、はるか先の藪から火柱を立てさせる。
無論、連合王国軍も黙って撃たれてはくれない。そもそも彼らからすれば、擬装もせず正面から堂々と斜面を登ってくる自由軍は一両いちりょう丸見えだ。17ポンド砲が、装甲の薄いグローサー・パンター目掛けて襲い掛かってくる。しかし、先の絞り込まれた
坂の下という不利な位置ながら想像以上の打たれ強さを発揮するグローサー・パンターに、開発者は当然と胸を張り、元帥は内心驚く。
だが、敵との距離を詰めていくに従って、空に雲がかかり始めた。
彼我の距離が100メートルを切ると、17ポンド砲が正確にシュマールトゥルムを捉えるようになり、次第に傾斜した車体正面装甲をも容易にぶち抜き始める。グローサー・パンターと敵の距離が縮まった結果、斜面下で装甲の傾斜効果が殺された状態で、敵の17ポンド砲が200ミリ以上の高い貫通力を発揮できる至近にまで至ってしまったのだ。
黒豹たちの断末魔が爆発音とともに方々で響き渡る。元帥は、大きく拍動する左胸を片手で鷲掴んで押さえつけ、横隔膜を無理やり押し下げ、腹の底まで深呼吸する。
不意に足元からカールが叫んだ。
「司令長官! ホフマン中佐より連絡。グローサー・パンター隊の損耗率が20%を超えた!」
すぐさまフレッドは叫び返す。
「これ以上は赤字だ! 隊列を維持しながら、裾野まで後退する!」
大公が無線を飛ばす中、マリーはフットブレーキを半ばまで踏んで150トンの怪物の歩を緩めつつ、左右の逆進レバーに手を添える。それから、車長の
「スコーピオン超重戦車の蒸気機関は、煙幕としての使い道もあるようですね」
ブレナム公が砲塔より顔を出して呟く。その目には、早々に裾野まで逃げ帰り、新たに戦線の再編成を始める敵の姿があった。
「スチーム・タンクなど、特殊車両開発委員会の
連合王国軍の古き紳士は、皮肉と拗らせた懐古趣味をため息に乗せて吐き出す。
「マンシュタイン将軍……いえ、今は自称元帥でしたか。どこまでもあざとい人だ。しかし、そのように見え透いた行動に踊らされるのは、無学無教養な新大陸のヤンキーか、荒野のスコッツくらいでしょう」
独白したちょうどその時、大きく迂回して逃げてきたオリバー巡航戦車数量が公爵の乗機の脇へ止まった。師団長が冷ややかな視線をそちらへ送ると、一両のキューポラのハッチが跳ね上がる。筋肉質なスコットランド人が飛び出してきて、鬼の形相で喚き散らす。
「閣下っ! 再三の救援要請にも関わらず、なぜ我が隊を見殺しにしたのですっ!?」
多くの仲間を失った
「作戦上、必要な犠牲だ。中佐も軍人なら分るでしょう」
「これは分かる、分からないの問題ではないっ! 援護に一個中隊くらい寄こせたはずだっ! それなのに、閣下は我々を壊滅するに任せたっ! 閣下は、第七機甲師団の戦力を、自ら減らされたのですっ! これは利敵行為に他ならないっ!」
紳士の水色の瞳に、一瞬不快感がちらつく。けれども、誇り高きイングランド貴族に相応しい態度で、すぐに平静を取り戻し、紅茶を嗜む時と何ら変わらない口調で返す。
「確かに中佐は、第二次世界戦争で北アフリカや、ガーリー、低地諸国、一時はプロイスと多くの戦場を経験されてきた――その内、何度勝利したのか私は知りませんが。一方、私は北アフリカ戦線の経験しかない――せいぜいいただいた名は“北アフリカの覇者”という程度です。そんな場数の経験は少ない私に、助言できることがあるか分かりませんが、もし一つだけ言えるとしたら……戦場という極限状態においては、狂った者が負け、狂わなかった者が勝つ、ということです。そして、この狂気に打ち勝つということには、人間性を適度に捨てられることも含まれる。感情を押し殺し、理性的であれなければ、そんな反自然的な選択はできませんからね」
最強を誇ったプロイスのアフリカ軍団を追い散らし、“北アフリカの覇者”の異名を取った鉄公爵は、一分の狂気も感じさせない冷徹な表情で、狂っているとしか思えないセリフを吐く。しかし、負け戦の専門家たる男爵は何も反論できず、ただ
それから中将は無線を取り、師団全車に命令を下す。
「第一、第二重歩兵戦車中隊は、斜面上から正面の敵を警戒。残りは、再び丘の頂上へ」
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