第15話 1対30

 スコーピオン一行はウルム近郊の林道に至ると、道を外れて林に分け入り、藪の中で一度小休止を取ることとなった。

 フレッドはタオルで全身を拭く間、黙って頭を巡らせる。カールは生真面目に、分からないなりに操縦手席左壁面の計器類を見つめ、マリーはワルツを口ずさみながら廃木材を手で折って、大きさを整えてゆく。ニメールは緊張した面持ちで、自分の目の前にあるペリスコープを覗いて外を監視し、シモンは無表情で巨大な戦車砲の根元、つまり砲手席にただ座っている。

「シャーク中戦車の燃料が、どう見積もっても足りないな」

 タオルをしぼりながら嘆息した。凍るように冷たいしずくが車体側にまで落ち、マリーの顔に直撃する。技師は小さく悲鳴を上げた。

「最後の経由地点アウクスブルクまでは80キロある。スコーピオンはともかく、シャークはガソリンがなければ到達できない。この辺りで何とか給油しないと――」

 スコーピオンの整備もよ! と下から叫ばれる。車長は、分かってる! と怒鳴り返した。

「やはりこのウルム近郊で、給油と点検整備を済ませなければ、ダッハウブルクに辿り着くことさえできない。しかし……」

 口ごもったところを、カールが補う。

「連合王国の戦車隊が健在である以上、迂闊に動けないし、落ち着いて整備もできない、故に撃退する必要がある、ということか?」

 振り向いた大公に、フレッドは黙ってうなずいた。

「ブレナム公の狙いは、やはり我々の身柄確保と、スコーピオンの鹵獲にあると見て間違いないだろう。ニメールたちレジスタンスについては、直接被害を受けたわけではないし、あまり興味はないだろうな」

「連合軍に盾突いた制裁が目的だろうか?」

「いや、たぶん違うだろう。それなら連合王国軍が単独で動くのはおかしい。むしろ噂の新型戦車のデータ収集をしたいんじゃないか?」

「そっか。合衆国とガーリーは私たちと戦って、少なくとも戦闘データは取れてるけど、連合王国だけは接触すらしてなかったものね」

「オロシー連邦もだけどな」

 言って頭を掻きむしる。

「とにかく、彼らの目的は我々だ。とすれば、見合った利を吊り下げてやれば、いかにアイアン・デュークとは言え、食いついてくるだろう」

 そう言い放った将軍の顔を振り見て、元憲兵は苦笑しつつ、頼もしさに心の底が熱くなった。“陸軍最高の頭脳”と呼ばれた若き少将は、心底悪そうな表情でにやりと笑っていた。

『どうするのです?』

 ヘッドホン超しに聞いていたニメールが問いかけると、一拍おいて車長はこたえた。

「スコーピオンを囮にしておびき寄せる」

 ええっ!? と案の定、マリーが叫ぶが、気にせず話し続ける。

「シャーク中戦車隊はこの近く、ウルム以外の町に行って給油してもらう。だがそこに、スコーピオンが足回りに不調を生じ動けなくなってしまったという情報を付け加え、あえてばれやすい周波数で無線交信をする。――おそらくこちらの位置を探るのに、彼らは無線傍受も使うだろう。正直、彼らの努力に期待する部分もあるが、戦場に絶対はない。常に霧がかかっている中で、最後は割り切った判断をするほかないのだ。そして無線を傍受すれば、一両で孤立し、立往生している獲物に飛びつくだろう。無論、こちらはトラップを仕掛けて、敵が飛び込んでくるのを待つわけだ」

「でも、罠って分かるんじゃないの? さっきの包囲網突破も、完全に予想してたわよね」

 あらかじめ奇襲的・・・な逃走ルートまで予測・・し、砲を向けていた用意周到さが思い出される。

「まあ、ブレナム公にはお見通しだろうな。だが、出撃の目的である我々が護衛を失って一両で孤立し、三倍の戦力差が三十倍にまで広がるんだ。この好機で退いては、罠と分かっていても国と部下に対して言い訳が立たない。これが利で吊るということさ」

 危険と承知していても行かざるを得ない状況に追い込むんだ、と語る名将は、事実同じような手で数々の敵を葬り去ってきた。しかし、その歴戦をともにしてきた砲手が、珍しく怪訝な声を上げた。

『……戦車砲の本数にして一本対三十本など、前例がない。その上、装填時間でも劣る』

『も、申し訳ないのです』

『……装填手の問題ではない。気にするな』

「――シモンの指摘はもっともだ。俺も槍一本で敵に挑むなんて初めてだよ。だが、貧弱なオリバー巡航戦車は言うまでもなく、ブレナム歩兵戦車の砲だって、背面さえ隠せば、貫通できる箇所は限られている。17ポンド砲の平均貫通力が200ミリとして、スコーピオンの正面と側面の防御の弱点は? マリーどうだ」

「車体正面下部であっても200ミリ厚の傾斜35度で、実質250ミリ厚相当。側面の車体本体装甲は175ミリの垂直装甲だけど、ご存じの通り、60ミリ厚のサイドスカートがついてるわ。で、その形は避弾経始に優れる曲面だし、本体垂直装甲との間に空間装甲も広がってる」

「徹甲弾にも榴弾にも対応できるというわけだ」

Genauゲナオ(その通り)」

「砲塔側面は?」

「200ミリ厚の傾斜30度で230ミリ厚に相当するわね。後部席側面も同じよ」

「さすがガーリーの120ミリ砲を弾き飛ばしただけはある。恐るべき頑丈さだ」

 戦車戦でおくれを取ることはまずない、と自信を持って断言する。それを聞いて戦友も小さな声で同意した。

「決まりだな。早速ロベルトと直接話して、一芝居打つとしよう」

 キューポラのハッチを押し上げ、嵐の中、雨衣も着ずにシャーク中隊の隊長車へ歩いていく。

「どうせ出てくなら、なんでさっき拭いたのよ」

 冷たいしずくが落ちた頬をなでながら、マリーは一人呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る