第25話 戦争

「閣下。それに、マリーさん。参考までにおうかがいしますが、今後どうされるおつもりですか? お二人は追われる身です。あの戦車も、各国が欲しがっていることでしょう。プロイス国内をこのまま放浪して、皆さまが無事でいられるとは思えません。それとも、永世中立国に、例えばスイス・アルペンなどに亡命しますか?」

「戦車乗って入国できるかしら?」

「スイス・アルペンにか? 馬鹿言うな。本気で亡命するなら、戦車は放棄するしかないだろう」

「じゃあ無理ね」

 呆れて嘆息するが、フレッドもまた亡命にはあまり積極的でない。いくらなんでも、仮にも戦犯容疑者にリストアップされた人間を、好んで匿うとは思えないからだ。列強各国に対抗意識がある南米などの意欲的な国家群ならいざ知らず、欧州の成熟した永世中立国は受け入れはするかもしれないが、密かに強引に連れ出されでもしたら、別に止めはしないだろう。そのメリットがない。国内口座に手を出されたら、死に物狂いで抵抗するだろうが……。

 とにかく、大西洋を横断でもしない限りは、むしろ多少の味方を得られる国内に留まる方が安全という考えも、なくはないだろう。

 その思考を見透かしたように、ニメールは言葉をつむぐ。

「ですけれど、国内で得られる味方がどの程度のものなのか、今後については未知数です。もしかしたら、あまり言いたくはないですが、お二人を売る目的で近付くプロイス人がいないとも限りません」

「そんな……」

「十分あり得ることだ。皆、貧しいからな。“国民的英雄”を連合軍に売れば大金になろう」

 冷え切った自虐に、マリーの顔が引きつる。

「閣下。わたしは、そんな輩は決して許せません。何としてでも、閣下と、そのご友人方のためになりたいと強く願っています。ですから、マンシュタイン将軍――」

 ニメールの声に、熱がこもる。

「わたしたちの、味方となってください」

「……ん? 聞き間違いか、それとも、言い間違いか?」

「いえいえ。正しいですよ。わたしたち“の”、味方となって欲しいのです」

 話が見えない、そう呟き先を促す。

「実は、ある構想があるのです」

 若きリーダーは芯のある声音で語り出す。

「その構想とは――戦後もプロイスにのさばり、一般市民を無闇に痛めつける連合軍に、一層強く抵抗し、国中の市民の安寧を取り戻すための手段です。レジスタンスは通常、一つの町を単位に成立し、それぞれが独立的に活動しています。ですから、その町で勝利しても、大局にはほとんど影響を及ぼしません。これは誠に残念なことです……。そこで考えたのです。レジスタンスたちの抵抗を、より効果的なものにしていくには、どうすれば良いのか。結論は――」

 大きく息を吸う。

「レジスタンスの全国的な連合体を結成するのです」

 フレッドは興味深そうにうなずいた。

「全国のレジスタンスを連動させる組織を作り、統一された意思の元、各町での抵抗に留まらない衝撃を占領軍に与えるのです。レジスタンスとは最も市民的な実力組織です。これを正しく全国規模で統制できれば、民主的で、広範で、かつ強力な行動組織となるのです」

「たしかに各地で手こずるだけなら大した問題ではないが、それが横方向に連携され息を合わせて立ち向かってきたら、もはや面倒ごとではすまない。占領軍にすれば、大規模な反乱……いや、立派な宣戦布告だな。事実、バルカンではレジスタンスをまとめ上げ、プロイスとオロシー、双方の侵略をはね除けた例がある。上手くやれば、連合軍を国外へ追い出すことも、夢ではないかもしれない」

「でも、その構想と、さっきの話は、どう繋がるのよ」

 マリーが口を尖らせた。

「各地のレジスタンスを糾合すると言いましても、わたしの集まりましょうの一言では実現しないでしょう。自分の町さえ守れれば良い、全国的な闘争には関心がない、そうした意見もあるかと思います。それを一々聞いて、調整している余裕はありません。やるならば、素早く連合体を組織しなければならないのです」

「なるほど、連合軍がそんな動きを察知すれば、必ず妨害してくるだろうからな。彼らが気付いたときには、もはや迂闊に手出しできないものになっていなければならない。つまり、組織を迅速に巨大化させる必要がある」

「結束や質は、鍛え上げるのに時間がかかります。ですけれど、頭数を集めるだけならば、まだやりようはあるでしょう」

「そうなると、必要になるのは――宣伝塔か?」

「そうです、閣下」

 マリーが二人の会話を不思議そうな顔で追う。が、ついに追いきれなくなり、首を傾げた。

「えーと、どういうこと?」

「マリーさん。プロイスが誇る装甲部隊のエースと、最強無比の超重戦車がコンビを組んで、一緒に憎い邪魔者をやっつけようと手を差し伸べてきたら、わくわくしませんか?」

「おお! いいわね、それ!」

「差し出された手を、どうします?」

「握るわ!」

 ――こいつは戦場も知らんのに、調子のいい……。フレッドが薄目で流し見た。

「話、分かってるのか?」

「分かってるわよ! 手を握ればいいのよね!」

「違う。手を差し出すんだよ、我々が」

 数拍の後、意外そうな表情で見返してきた。将軍は大きくため息をついた。

 マリーがあたふたしているが、それをひとまず置いてフレッドは眉間に皺を寄せた。

「ニメールの言う構想はたしかに合理的だ。だが、言うは易く行うは難しだ。仮にX号試作戦車に世界を滅ばすほどの力があったとしても、装甲部隊がたった一両ではどうしようもない。敵に戦車部隊がある以上、レジスタンスを何万人かき集めようと、歩兵部隊だけでは不十分だ。合衆国、連合王国、ガーリー、オロシーの機甲部隊を相手どれる、精強な装甲軍を組織しなければならない。が、その将兵と車両の調達はどうする? あまり現実的ではないと思うが」

「そこが懸念でした。ですけど、閣下。先日、姉さまが耳寄りの情報をくれたのです」

 背伸びして将軍の耳元で囁く。

「第七装甲師団の皆さまが、ダッハウブルクの捕虜収容施設で、閣下の帰りをお待ちです」

 目が大きく見開かれる。そして、安堵のため息が漏れた。

「そうか……。“約束”を果たすときがきたようだな――」

「しかも閣下、それだけではないのです」

 マリーにも目配せしながらニメールは続ける。

「ダッハウブルクの収容所――元強制収容所ですが――、あそこには収容施設以外に、ある他のものが付随しているのです」

「何だっけ? ガス室?」

「たしか工場か何かじゃなかったか?」

「そうなのです。工場なのです。そこが現在合衆国軍の手で改修されて、最新の設備を備えた兵器工廠に生まれ変わっているのです。プロイスの元工兵をただ働きさせて建てたそうで、欧州における戦車開発・製造の拠点として整備されているとのことなのです」

「なるほど、それは優れものだ。プロイスの技術と合衆国の資本が合わされば、自ずと世界有数のものになるだろう」

「でしょ?」

 突然自慢げに胸を張る技師だが、彼女の出身はオーストライヒである。

「しかし、悪いことを考えるものだな」

 ニメールを見下ろして、黒い笑みを浮かべると、彼女も負けじと微笑した。

「たっているものなら、親でも工場でも――」

 それはいい! 気に入った! とフレッドは口をあけて笑う。その声は悪魔のようにトーチカ内に轟いた。マリーは驚いて二人のほうを見る。

「決まりだな」

「はい!」

 若き将軍と、青きレジスタンスリーダーが、固く手を握り合う。ここに、契約不履行の代償という口実で、マンシュタイン将軍一行と、フロイデンヴァルト・レジスタンスの新たな共闘関係が、確認された。

 その横からマリーが顔を出し、マンシュタインの肩を叩いた。

「その、お、弟の件は……?」

「プロイス国内で反乱めいたものを起こせば、当然、各国の軍隊が鎮圧を試みるだろう。その過程でガーリー軍の捕虜をとり尋問すれば、ことの真相は明らかになる。望んでいた最善の手段とは言えないが、皮肉なことに、これが最も現実的なようだ」

「いつの間にか、本当に話が大きくなってきたわね……。初めはただ弟探しを手伝ってもらうってだけだったのに、内紛みたいになっちゃって――」

「いえ、我々が行うのは、内紛ではないのです」

 ニメールが固い口調で断言した。

「我々は戦争をするのです。プロイス市民の自由と、安心できる明日のために、武器を持って立ち上がるのです」

 大望を抱いて立つ少女の瞳は、熱く燃え上がっていた。それを将軍は冷静に見つめ、マリーは戸惑いながらその場の空気に呑まれていた。が、直に喉を鳴らすと、拳を握り締めた。

「フリッツとまた前のように一緒に……そのためだもんね」

 大戦に勝った気でいる連合軍の足元で、反抗ののろしは上がった。忍耐尽きた民衆の怒りの炎である――。

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