第36話

 俺が玄関前であたふたとしていると、その騒ぎで気づいてしまったのか、楓が寝ぼけ眼をこすりながら起きてくる。



「岸野さん、どうかされましたか?」

「あっ、いや、その……」



 俺があたふたとしているとその声に渡井が反応する。



「今、俊先輩の声が聞こえなかった? 俊先輩、いるのですか?」



 玄関のドアがトントンと叩かれる。



「と、とりあえず美澄は奥の部屋に行っててくれるか?」

「わ、わかりました」



 概ね理解してくれた楓が奥の部屋に戻っていく。

 そして、それを見た後に俺は扉を開ける。



「あっ、俊先輩、やっぱりいたんだ」

「こんな朝早くからどうしたんだ?」

「せっかくだから俊先輩もバーベキューに行かないかなと思いまして……」



 笑顔で言ってくる渡井。



「……わかったよ。準備してくるから少し待っていてくれないか?」

「はーい。ではここで待たせていただきますね」

「……」



 まぁ玄関なら大丈夫か……。



「わかったよ、それじゃあちょっとだけ待っててくれ」



 急いで俺も奥の部屋へと向かっていく。





「お出かけですか?」

「あぁ、渡井達がバーベキューに行くみたいだからちょっと出てくるよ」

「はい、あっ、服の準備はしておきましたのでコッチに着替えてくださいね」



 すでに外出用の着替えが準備されていた。



「ありがとう、それじゃあちょっと出かけてくるな」



 楓の前でさっと着替えてしまうと俺は再び玄関の方へと戻っていった。



「やけに早かったですね」



 すぐに出てきた俺を不思議に思う渡井。



「まぁメールを貰っていたからな……」

「そういえばそうですね……。では、行きましょう」



 渡井が俺の腕を掴んでくる。

 それを見て俺は苦笑する。



「掴まれたら動きにくいんだが……」

「こうしないと俊先輩、逃げていきますよね?」

「……逃げるわけないだろう?」



 あきれ顔になりながら俺たちは外へと出て行く。



(楓)



 あの人……、もしかして岸野さんの恋人なのでしょうか?

 仲よさそうに見えますし……。


 ……なんで私はそんなことを気にしているのでしょうか?

 岸野さんの歳を考えたら恋人の一人くらいいてもおかしくないのに……。


 よし、真相を調べるために後をついて行ってみよう……。


 楓は服を着替え、バレないように帽子を被り、ゆっくりと岸野の後を追いかけていった。





「俊先輩、昨日はどこに行かれていたのですか? 一回昨日も顔を出したんですよ」

「あぁ、昨日は実家に戻っていてな……」

「そういうことだったのですね……。岸野先輩がソワソワしていたのは。あの部屋の奥に妹さんがいたんですね?」



 さすがに隠し通せるものではないか……。

 まぁ、山北は楓のことを俺の妹だと思っている。

 だから少し助かったかも……。



「えっと、ハルちゃんが来ていたのですか? それなら私も挨拶したかったのに……」



 渡井は残念そうな表情を見せてくる。

 ……その場で言われなくて良かったかも。


 少し安心しながらバーベキューをする場所へと向かっていく。



「そういえばどこに向かっているんだ? バーベキューと言うくらいだから近くの河辺か山の方か?」

「河原ですよ。今ちょうどバーベキューシーズンですので」



 それならそこまで遠くないか……。

 夕食には間に合うだろう……。


 そんなことを考えているとどこかから視線を感じる。


 その相手を探してみると電柱の影に人影を発見する。


 あれは美澄か?


 いつもと違う格好をしているもののそれはどう見ても楓そのものだった。

 しかも本人はバレていないと考えているようだった。


 たまに俺たちの方に視線を送ってきたで、どうやら俺たちの様子を見に来たとわかる。


 でもどうして?

 わざわざ楓が俺たちのバーベキューの様子を見に来る理由がわからずに首を傾げてしまう。



「俊先輩、どうしたのですか?」

「……いや、なんでもないよ」



 とにかく気づかなかったことにしたほうがよさそうなので、追いかけてくる楓のことは気にしないことにした。


 そして、河原までやってくる。

 やはりシーズンだけあってたくさんの人がバーベキュー用品を広げて楽しげな声をあげていた。



「……人多いな」

「そうですね、私たちはどこでやりますか?」

「あっちの方が空いてそうですね」



 山北が比較的人が少ない場所を指さして言ってくる。



「そういえば俺は何も準備していないけど大丈夫だったのか?」

「えぇ、道具一式は僕が持っていますし、食材は――」

「景品で当たったんですよ。見てください、このお肉!」



 嬉しそうな表情を見せながら綺麗な赤色の肉をクーラーボックスから取り出してくる渡井。

 なるほど、これがあたったから誘ってくれたんだな。



「でも、すごい量だな……」



 三人でも食べきれるかわからないほどの肉が入れられていた。



「でしょ。さすがに私だけでも腐らせてしまいますのでたくさん食べてくれそうな山北君と俊先輩を呼んだんですよ」

「僕としてはおまけで呼んでもらえただけでありがたいんですけどね」



 はにかんでくる山北。

 いや、むしろお前がメインで俺がおまけみたいなものだろうと言いたくなった。

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