第16話

「それにしても、美澄は頑張りすぎじゃないか?」

「そんなことないですよ」



 楓は下を向いて勉強をしながら言ってくる。



「でも、俺が学生の時はそこまでしてなかったからなぁ」

「私は時間が限られてるので頑張らないといけないだけです」



 はっきりと言い切ってくる。

 確かにバイトをしながらだとあまり勉強の時間はないかもしれないな。



「まぁ頑張るのは良いが、無茶だけはするなよ。それで倒れられたら元も子もないからな」

「大丈夫です。岸野さんには迷惑はかけませんから――」



 ◇



 楓がそう宣言してからしばらくは全然問題なさそうだったが、日にちが経つにつれ次第に楓の顔に疲れが見えてくるようになる。



「大丈夫か? 今日はもう休んだ方が良くないか?」

「いえ、もう少しだけ……」



 本当はもう休ませたいと思ったが、楓が言うことを聞きそうになかった。

 顔色を悪くしながらも勉強をするのをやめなかった。

 ちょっとでも時間があれば勉強をしていた。



「もしかして、テスト前とかか?」

「はい、三日後にテストがありますのでそれまでに出来ることだけはしておきたいんです」



 俺は楓が作ってくれた料理を食べながら聞くと彼女は頷いていた。



「それならせめて後片付けは俺がする。それくらいはいいだろう?」

「……わかりました」



 渋々頷いてくれるので、楓に変わって俺が洗い物をしていく。


 すると今まで俺が使っていたときには一つしかなかったスポンジだが、楓が片付けてくれるようになってからは用途によって分けられていて、使いやすいように置かれていた。


 ご丁寧に用途ごとに文字が書かれており、俺でも使いやすくなっていた。


 いつの間にこんなことをしていたんだろうな……。

 全然気がつかなかった……。


 少し驚きながら皿を洗っていく。


 一応なるべく綺麗に洗ったつもりだったが、楓に見せたらダメ出しされるかもな……。


 そんなことを思いながら部屋へと戻る。

 するとテーブルにノートを広げながら、楓が顔を付けて眠っていた。


 その心地よさそうに眠るその顔を見て俺は苦笑を浮かべる。



「やっぱり無理をしていたんだな……」



 さすがに起こすのは忍びない。

 ただ、そのままベッドに運ぶのもどうかと思ったのでそのまま寝かせたままにすることにした。

 そのままだと駄目だよな……。


 一応体にはタオルケットを掛けておく。



「すぅ……すぅ……」



 楓の寝息が聞こえてくる。

 その隣で呆然とその寝顔を眺めていた。


 でも、それだけ見るとどう見ても怪しい人だよな。


 それじゃあベッドで寝るか?

 いや、楓が眠っている中、一緒の部屋で寝るのか?


 自問自答して、今の状況が積んでいるようにしか思えなかった。


「はぁ……、俺は美澄が起きるまで起きてないといけないわけだ……」


 小さくため息を吐くと、そのまま楓を見ているのも怪しい気がしたので無意味にキッチン側でスマホを弄っていた。





「んん……、あれっ、私……?」



 一時間ほど過ぎてようやく部屋の方から楓の声が聞こえてくる。



「ようやくお目覚めか?」

「あっ、私、眠ってしまったのですね。もうしわけありません……」

「いや、気にするな。それよりもやっぱり無茶のしすぎだな。今日はもう帰ってゆっくり寝るといい」

「そうさせてもらいます。ご迷惑おかけして申し訳ありません」



 楓が再度頭を下げてくる。

 それを俺は頭をかきながら見送った。


 ただ、部屋に戻っていく楓の顔がどこか赤かったのが少し気になっていたが――。





 そして、翌日。

 朝になっても楓が部屋に来ることはなかった。



「大丈夫なのか……?」



 少し心配になりながらも俺は楓が作ってくれた作り置きを食べて会社に向かっていく。

 ただ、その前に一度楓の部屋をノックしておく。


 しかし、中からは返事がなかった。


 もしかして、学校の用事とかで早くに出てしまったのだろうか?


 それなら一言くらいかけていくと思うがよほど緊急の用事があったのかもしれない。


 それなら仕方ないな……。


 気にはなるもののこれ以上調べようもないのでそのまま俺は会社に出かけていった。

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