結束する乙女達

 日曜日はいつも起きる時間が遅い。


 シュンスケは朝からやっている特撮やらお子様向けのアニメを見るために随分と早起きをしているらしいが、カノンは寝坊を決め込んでいる。朝起きた時に、朝食が食べたいんですか昼食が食べたいんですか、とアキホに嫌味を言われるほどだった。


 その日の日曜日も寝坊するつもりだった。しかし、どたどたと部屋の外が妙に騒がしかったので、某音楽会が始まる前に起きてしまった。


 「何なの……」


 またシュンスケがいらんことを言ってアキホを怒らしているのだろうか。眠い目を擦って部屋を出ると、いきなりアキホに出くわした。いつも表情に乏しいアキホだが、憔悴とも焦燥とも受け取れる顔をカノンに向けていた。


 「カノンさん、兄さんを見ませんでしたか?」


 「シュンスケ?見てないけど……。出掛けたわけはないわよね」


 ちょうどシュンスケお気に入りの『スパーク!キュアキュアバスター』をやっている時間だ。毎週、食い入るように見ているのだから、出掛けるはずがない。


 「部屋にいないの?」


 「ええ。兄さんの寝顔を観察……じゃなくて、兄さんを起こそうと思って部屋に入ったんですがいないんです。それどころかベッドで寝ていた様子がないんです」


 カノンの体に僅かな悪寒が走った。嫌な予感がふつふつと沸いてきた。


 カノンは階段を駆け上がって、シュンスケの部屋に突入した。アキホの言うとおり部屋にシュンスケの姿はなく、ベッドも綺麗に整えられていた。


 「兄さん、どこかのアニメイベントに行くとか言ってませんでした?それとも家出でしょうか?私があまりにもアニメを見るなと怒ったから……」


 それとも足利先輩に拉致されたんでしょうか、と狼狽するアキホ。しかし、カノンには閃くものがあった。


 『まさか、シュンスケ……』


 ひとりでザイを倒しに行ったんじゃないだろうか。その憶測はカノンの中では確信に近かった。


 シュンスケはザイと妥協し、カノンとこの世界で生きることを決めたはずだ。だが、シュンスケの性格上、そのまま妥協の大海に身を沈めることはしないだろうことはカノンも予感していた。シュンスケは、悲しみながらも妥協を是としたカノンの心情を察していたに違いなく、黙っていられなくなったのだ。


 『でも、私を置いて行くことはないじゃない!』


 カノンを置いて行ったのは、間違いなくシュンスケの優しさだ。でも、そんな優しさなんてカノンは欲しくなかった。


 「何や、姉ちゃん。朝っぱらから騒がしいな」


 だらしなく欠伸をしたレリーラがいかにも眠たそうな目をして起きてきた。カノンは、そんなだらしなさに苛っとしながらも、ともかくは行動に移さなければと思った。


 「ちょっと出てくるわ。先輩、行きますよ」


 カノンは、まだパジャマ姿のレリーラの袖を引っ張った。


 「待てや、カノン。オレはまだ寝巻きやぞ」


 「カノンさん!兄さんの居場所に心当たりがあるんですか?」


 二人に捲くし立てられたが、カノンには構っている余裕がなかった。一秒でも早くこの家を出てシュンスケを捜し出したかった。




 「ねぇ、どこへ行くのですか?そろそろ教えてくださってもよろしんじゃないでしょうか?」


 レリーラを四十秒で着替えさせ家を出たわけだが、困ったことにアキホがついて来てしまったのだ。


 『弱ったな……』


 カノンは、『創界の言霊』を持つサエに相談しようと思っていた。すでにサエには連絡を取っており、漆原商店の前である約束をしている。彼女ならば一連の事情を知っているし、いざという時にはその力で協力してくれるかもしれない。しかし、アキホに『創界の言霊』やらザイのことなどを語るわけにはいかなかった。


 何度もアキホを家に帰そうとした。シュンスケが戻っているかもしれない、と帰宅を促しても彼女は頑として帰ろうとはしなかった。


 『こういう頑固さは本当に兄そっくりね』


 苦笑しながらも本気でアキホを追い返す方法を考えないと思った。アキホならば事情を知れば那由多の世界群に乗り込んでやると言い出しかねない。


 「あ、カノン先輩!」


 漆原商店の前にはすにでサエが来ていた。まだシュンスケが失踪したことを話していないが、何事か深刻な事態が発生していると察しているのだろう。不安そうにこちらを見ていた。


 「紗枝さん……。紗枝さんに何か用事なんですか?」


 アキホはちらっとサエを見てからカノンに質問した。サエは、アキホの鋭い一瞥が怖かったのか、おどおどとした視線をカノンに寄越してきた。


 「あ、あの……ね」


 今度はカノンが困惑気にサエを見た。アキホを追い返したいのだが、いい方法が思いつかない……。


 「あ、兄さんがお腹を空かしていますわ。私、家に戻ってます」


 突然、アキホがそのようなことを言い出して、すたすたと家の方へ戻っていった。一体何がどうなったんだ?


 「『創界の言霊』で先輩が空腹でいるところを秋穂さんに見せたんです。カノン先輩が秋穂さんに帰って欲しそうだったので……」


 サエがカノンの視線で察してくれたらしい。なかなか鋭い子だ。これで心置きなく相談できる。


 「それで、どうしたんですか?」


 「うん、あのね」


 カノンは、シュンスケから聞いたザイの行動とシュンスケの葛藤、そして失踪のことを話した。そして、シュンスケの失踪は、ひとりで那由多の世界群に殴りこみ、ザイを倒しに行ったのではないかという可能性を付け加えた。


 「そうですね。先輩ならやりかねませんね」


 サエにもシュンスケの優しさに思い当たることがあるのだろう。僅かながら口元を綻ばせた。


 「私はシュンスケに追いかけたいの!どうして私に一言もなしに行ったのかとぶん殴ってやりたいの。で、ついでにザイの奴も殴り倒したいの」


 兄ちゃん殴るのはあかんやろ、とレリーラが言う。


 「私も先輩を殴るのはどうかと……。でも、たぶん私には無理だと思います」


 「無理って……そんな」


 「私の『創界の言霊』の力は未熟です。精々、念じたことを幻として見せることができる程度です。たぶん、先輩みたいに異世界へのゲートを開くことはできません。偽者の先輩と戦った時も、イルシーさんの助力があってようやくゲートを開くことができたんです」


 ごめんなさい、と悲しげに頭を下げるサエ。


 「謝らないでよ。別にサエが悪いんじゃないから。でも、これじゃ八方塞……」


 「そうでもありませんよ」


 絶望の淵に差し込むにしては陽気すぎる声がカノンとサエの間に入り込んできた。イルシーだ。いつものようなコスプレはしておらず、妙に清楚な白のワンピース姿だった。


 「そういえば、まだあんたがいたわね。何か知っているの」


 「ええ。カノンちゃんも想像ついていると思いますが、シュンスケ君は魔王さんとサリィさんと一緒にザイを倒しに行きました」


 やっぱりそうか……。しかも、デスターク・エビルフェイズとサリィと一緒に。どうして私を選んでくれなかったのだろう。カノンは腹立たしくなり、下唇をかんだ。


 「何でそないなことをイルシー姉ちゃんが知っとるんや?」


 「見送ったんです」


 「どうして止めなかったのよ!」


 カノンは、イルシーに噛み付いた。


 「止めたとして聞くような男の子じゃないでしょう、シュンスケ君は」


 確かにそうだ。力ずくで肉体的に拘束しない限り、シュンスケは意地でも行動に移すだろう。


 「カノン先輩、落ち着いてください。今は先輩の後を追いかけるのが先です。それでイルシーさん。わざわざ私達の前に姿を現したということは、何か用事があるんじゃないんですか?」


 サエは冷静だった。いつもおどおどと自信なさそうにしているのに、今のサエは頼もしく見えた。


 「ええ。シュンスケ君がザイの所へ向かった時に頼まれたんです。カノンを頼むと」


 「頼むって……。そんな気遣い、いらないのに!」


 そんな気遣いされて置いてけぼりにされるよりも、どんな危険な目に遭おうともシュンスケの隣にいたいのだ。本当にシュンスケは乙女心が分かっていない。


 「そうですね。私もシュンスケ達を見送ったことを後悔しています。やっぱり、私が決着をつけないといけないことですから」


 「それってどういう意味?」


 「追々説明します。それよりもゲートを開きましょう。今ならまだシュンスケ君たちに追いつけます。サエちゃん、協力してくれますね」


 勿論です、と力強く頷くサエ。そうだ。今はシュンスケを追いかけるのが先だ。色々と腑に落ちないことや、考えなければならないことが山積しているが、そんなことで足を止めている場合ではないのだ。一刻でも早く、シュンスケの傍に行きたい!


 「よし、行くか!純情乙女団、出撃や!」


 妙な名前をつけるレリーラ。彼女なりの緊張を解こうとしているのだろう。カノンを含め、みんなの顔に僅かながら笑みが戻っていた。

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