the end of story
決戦の世界
その日の夜遅く。僕はカノンや秋穂達が寝静まったのを見計らって外に出た。夕食の時も、その後も時間も、普段どおり振舞ったから、カノンに気づかれている様子はない。
一大決心しての旅立ちなのに、夜逃げみたいな感じで家を出なければならないのは多少寂しいが、仕方がないだろう。カノンには黙っておくというのは、僕が選んだ選択なのだから。
やや肌寒くなった夜道をマルヤスの駐車場に向かって歩く。途中、通り過ぎる人などおらす、ものの十分もしないうちに目的地についた。
すでにデスターク・エビルフェイズとサリィの姿があった。マルヤスは閉店しているので車が一台もなかったのですぐに見つけることができた。街灯の青白い光の下で二人とも缶コーヒーを飲んでいた。
「決戦前の晩餐にしては侘しいな」
僕がそう言って近づくと、デスターク・エビルフェイズは缶を口につけたままぐっと上を向いた。最後の一滴まで飲み干したのか、缶を地面に置くと乾いた高い金属音がした。
「焼酎の方がよかったんだが、酔っ払っては戦えんからな」
「何を格好つけているのよ。店が閉まっていて、自販機でこれしか買えなかっただけでしょう」
私だってもっといい物飲みたかったわよ、と一気に缶コーヒーをあおるサリィ。
「少年。お前さんも景気づけに一杯どうだ?おごるぞ」
「いらん。缶コーヒー一本で雰囲気を作るな」
「缶コーヒーも十分美味いぞ」
と言いながら、デスターク・エビルフェイズは自動販売機の傍にあるゴミ箱に空き缶を投擲した。三メートルほどの距離だったが、空き缶はゴミ箱に吸い込まれていった。
「で、イルシーはどうした?」
僕達三人を見送ると言い出したイルシーだが、まだ姿を見せていなかった。
「来ないんじゃないの?もういいじゃん。行きましょうよ」
苛々と足を踏み鳴らしながら、デスターク・エビルフェイズと同じように空き缶をゴミ箱に向けて投げたサリィ。残念ながら空き缶はゴミ箱の淵にあたり、ころころとアスファルトを転がっていった。ああもう、と声を荒げながらも、ご丁寧にサリィは空き缶を拾いにいった。
「お待たせしました」
そこへイルシーが姿を見せた。コスプレは、していなかった。ちっ、残念……じゃないよ。
「あれあれ?シュンスケ君、残念そうな顔をしていますね。何か期待していましたか?」
「何も期待していない!さぁ、行くぞ!しっかり見届けておけ」
はい、と微笑むイルシー。空き缶をゴミ箱に入れ直したサリィが戻ってきたので、僕はモキボを出現させた。
『ザイのいる世界へのゲートが開かれる』
エンターキーを押すと、僕と等身大のゲートが出現した。そこに映る風景は、濃い紫色の靄がかかっていた。
「確かに私達が使っていたゲートと同じだけど、これでザイの所に行けるの?」
サリィが疑わしそうに僕を見た。おいおい、今になってそれはないだろう。
「そんなことを言うなよ、サリィ。今は少年に頼るしかないのだから」
「だったら、あんたが先に行きなさいよ、禿」
「余が先に?う……うん。必ず後で来いよ」
と言ってゲートに足を踏み入れたデスターク・エビルフェイズ。
「大丈夫なのかしら?」
「大丈夫だろう。僕も先に行くからな。イルシー、後のことは任せたからな」
「はい。お気をつけて」
僕はゲートに足を踏み入れた。その瞬間、眩い光が僕の視野全体に広がっていった。
ゲートの突入して一歩ほど歩くと、すぐに視界が戻った。
しかし、そこは現代日本とはほど遠い光景が眼前に広がっていた。
古典的ファンタジーRPGを髣髴とさせる大草原に彼方に見える雄大な山脈。麓には森林があり、塔のような建築物も散見された。
これで晴天であれば風光明媚な景色なのだろうが、空は濃厚な紫色で不気味以外の何ものでもなかった。
「何だよ、ここは……」
「ちゃんと来たようだな」
背後からデスターク・エビルフェイズの声がした。振り向くと禿頭のサラリーマンがいた。
「ここはどういう世界なんだ?」
「余が知るわけないだろう。いろんな世界が統合された世界らしいが……ふむ、あの塔は見覚えあるようなないような……」
デスターク・エビルフェイズが曖昧な記憶を引きずり出そうとしていると、僕達の背後からエンジンの駆動音が徐々に接近してくるのが聞こえた。
「え?」
何事かと思い振り向くと、低空飛行する飛行機のような物体が僕達の上空を瞬く間に駆け抜けて行った。
「あれは、ゼロ戦じゃないのか?」
遠ざかるシルエットを見て、僕は何かの写真で見たゼロ戦の姿を思い起こした。
「ぬお!今度は何だ?」
デスターク・エビルフェイズが驚きの声を上げたのも束の間、今度はいくつものゲートが上空に出現し、そこから翼の生えたドラゴンが無数に飛び出してきた。
しかし、そのドラゴンに群はすぐさま別のゲートに突入し、姿を消していった。
「おいおい。今度は宇宙戦艦でも出現するんじゃないだろうな」
僕はそんな想像を仕掛けてやめた。『妄想の言霊』が敏感に反応してしまうかもしれない。
「お待たせ~。あら?どうしたのよ、二人ともふぬけた顔をして」
ようやくサリィの登場。
「どうしたもこうしたもない。こいつはとんでもない世界だぞ」
ふあ、と不明瞭な声を発したサリィが空を仰ぎ見た時だった。突如として無骨なフォルムをした巨大ロボットが出現した。
「げっ!」
およそ美女らしくない驚きの声をあげたサリィが飛行するロボットを目で追っていく。ロボットは加速をつけ、山脈のかなたに消えていった。
「さ、さ~て、私は帰ろうかな……」
「来たばかりで、いきなり帰るな」
「で、でもぉ……」
「こうしてやる」
僕は自分達が通ってきたゲートを消した。これなら帰れまい。
「あっ!ひどい!可愛い顔して意外にSなのね」
SとかМとか今は関係ないだろう。ま、どちらかと言えばМなんだが……。
「あほなことを言っている場合じゃなかろう。ともかく移動するか?ここでぼさっとしても始まらんだろう」
「そうだな……」
これがRPGなら村や町が見えていて、そこに行けば何か先へ進むためのヒントがもらえたりするのだが、現実はそう上手くできていないらしい。村も町もまるで見当たらない。
「ねえ。あんたの力で瞬間移動とかできないの?ゲームじゃそういう呪文あるじゃない」
「馬鹿か、サリィ。少年の『創界の言霊』を使えば、ザイに気づかれるだろう」
サリィが会心の笑みを浮かべて提案したが、デスターク・エビルフェイズが即座に否定した。『創界の言霊』を使っての移動については、デスターク・エビルフェイズと同じ理由で僕の脳内コンピューターも却下の判定を下していた。
「馬鹿って何よ!禿のくせに!」
「は、禿は関係ないだろう!ふ、ふん!禿ていても馬鹿よりはマシだ!」
「きぃぃぃぃぃ!ムカつく!」
今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気のサリィとデスターク・エビルフェイズ。誰だよ、犬猿雉よりは役に立つと言った奴は。
「はぁ、前途多難だな」
ちゃっちゃと終わらせるぐらいの気持ちでいたのに、本当にこの先の困難にため息しか出なかった。
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