イルシー
「何だって!どういうことだ!」
僕は場所をわきまえず声を荒げてしまった。すぐに周囲の冷たい視線を感じたので声を潜めたが、興奮は収まらなかった。
「イルシー、冗談なら許さんぞ」
「冗談じゃないですよ」
イルシーは真剣そのものだった。冗談ではなさそうだが……。
「しかし、それならおかしいだろう?イルシーとやら。君は那由多の世界群で偽者の少年と戦った時にザイに姿を晒しているはずだ。ザイが気づかぬはずがない」
デスターク・エビルフェイズの意見に僕は頷いた。確かにそのとおりだ。
「この姿は変装です。勿論、ザイにばれないための」
本当の姿をお見せしましょうか、とイルシーは言ったが、僕はそれを止めた。場所を考えろ、場所を。
「う~、頭がこんがらがってきたけど、どうしてあんたがこの件に首を突っ込んでいるのよ?ザイの狙いがあんたなら、矢面に立たたないで他の誰かに任せておけばいいじゃない」
「それはできません。ザイが暴走してしまったのも私の責任なんです。私が何とかしないといけないんです。だから、那由多会の長たるオキナの許しを得てザイを追っていたのです」
「そうか……。ザイの行動を阻止したい。でも、ザイの狙いが自分である以上、面と向かって相対することができない。下手をすれば、新世界を作ろうとするザイによって全ての世界が破壊されてしまうからな。だから、『創界の言霊』を持つ僕に目をつけたんだな」
「すみません、シュンスケ君。巻き込んでしまって……」
「よせよ。らしくない。別にお前に謝罪して欲しくて言ったわけじゃない」
これは本心だった。おかげでカノンに会えたんだから、こっちが感謝したいほどだ。
「ふむ。君の言うことを信じるとして、どうすると言うのだ?わざわざ余達の前に現れたんだから、何か策があってのことじゃないのか?」
「ちょっと!信じちゃうの?禿ているかといって、脳みそまでつるつるになってしまったんじゃないの?」
「禿は関係ないだろう!だって、しゃーないだろう。ここで余達が議論しても先に進まんし、疑っても始まらんだろう。なぁ少年?」
デスターク・エビルフェイズが同意を求めてきた。言われてみればそのとおりかもしれない。今は一歩でも先に進まないといけない。
「とにかく話すだけ話してみるよ、イルシー」
「ザイを止める方法はただひとつです。ザイが偽のシュンスケ君を倒したように、『創界の言霊』の力を使ってザイの存在を消滅させるしかありません」
自然と全員の視線が僕に集まった。この中で『創界の言霊』を使えるのが僕しかいない以上、それを引き受けるのも僕しかいないというわけだ。
「それしかないと僕も思っていた。でも、僕があちらの世界に行けば、ザイは気がつくんじゃないのか?世界移動するのには『創界の言霊』の力が必要だからな。そうすれば、この世界は危なくなるんじゃないか?」
「ザイは統合した世界で私を捜すのに必死です。そう簡単には気がつかないでしょう。それに時間はあまりありません。多少のリスクを冒してでもやらなければなりません」
「時間がない?」
「そうです。ザイはいずれ気づくはずです。自分の捜している人物がこの世界、つまりシュンスケ君のいる世界にいることに」
それについては、すでにデスターク・エビルフェイズが指摘し、考えていたことだ。確かにそのとおりだ。時間が無限にあるわけではない。
「私がこの世界にいると感じ取れば、容赦なくザイはこの世界に介入してくるでしょう。そうなる前にザイを倒してください」
お願いします、と深く頭を垂れるイルシー。
「お前に頼まれるまでもなく、僕はやるつもりだ。そうじゃないと、僕達に安寧はない」
僕の決意は揺るがないものになった。ザイをぶっ倒す。僕とカノンがいるこの世界を守るために。
「ありがとうございます、シュンスケ君。帰ってきたら、お姉さんがちゃんとお礼してあげますからね」
「ちょっと待ちなさいよ。少年にお礼をしてもらうのは私なんだから」
「妙なことで口論するな。お礼なんていらないし、お礼をするつもりもないから」
まったく……。こいつらには決戦前の緊張感というものがないのか。
「で、いつにする?今すぐにでも行くのか?」
普段は緊張感のない面構えをしているデスターク・エビルフェイズだが、今は一番緊張している様子だった。
「そうだな。けりをつけるのなら、土日の間にやっておきたい。今晩にでも」
「よし。余も行くぞ」
「は?お前が?」
「何だその顔は?いいだろう。余だって、このままザイにしてやられてばかりでは魔王としての名が廃る。せめて奴を倒す一助にならんと、腹の虫が収まらん」
う、うん。デスターク・エビルフェイズの気持ちは分かるが、こいつを連れて行って役に立つのか?
「それなら私も行くわ。いいでしょう?少なくともそこの禿よりは役に立つわよ」
こいつも役に立つのか?旅のお供としては若干不安を覚えてしまうのだが……。僕はイルシーに意見を求めるべく、ちらっとイルシーを見た。
「いいと思いますよ。犬猿雉よりは役に立つと思いますよ」
イルシー、ひどい言い方だな。って言うか桃太郎か、僕は。
「何があろうと余は行くぞ。少年をストカーしてでもついて行くからな」
「おっさんのストーカーなんて気持ち悪いだけでしょう。それなら手馴れた私がストーキングしてあげる」
「分かった分かった!連れて行く、連れて行くからストーキングはやめてくれ」
何が悲しくて禿のおっさんと年中発情女にストーキングされなければならないんだ。まぁ、それにこいつらなら何かあっても心が痛むことないだろう。
「それからイルシー。ザイの討伐を引き受けるんだ。二つほど頼みがある」
「何ですか?あ、エッチなお願いなら、ちゃんと帰ってきてからですよ」
こいつ……。自分の思惑どおりに事が進んだと思ったら、急に元のキャラクターに戻りやがって……。でも、こっちの方がイルシーらしいから良しとしよう。
「まずひとつだ。僕が留守の間、カノンを頼む。事情を上手く伝えれるのはお前しかいないからな」
「分かりました。シュンスケ君はよっぽどカノンちゃんのことが好きなんですね」
「……。二つ目だ。僕が帰ってきてからでいい。お前の世界の話を聞かせてくれ」
「私の、世界?」
「そうだ。特に意味はないが、ちょっと知りたくなってな。野次馬根性だ」
そう。野次馬根性だ。ザイをここまでにしたイルシーとザイの物語。それがどのようなものか気になるのだ。イルシーとしては触れて欲しくないことかもしれないが、僕が冒すリスクを考えれば、そのぐらいの代償は払ってもらわないとな。
「分かりました。そんなに面白い話じゃないですけど、お話します。だから、必ず帰ってきてくださいね」
「言われるまでもない」
当然だ。ザイをぶっ倒して帰ってきて、イルシーの恥ずかしい過去の話を聞いてやるのだ。僕がそう宣言すると、イルシーが恥ずかしそうにしながら微笑んだ。
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