議論はめぐる~前編~
そんなことか。
カノンはそう言った。
自分のいた世界を失ってしまう。決してそんなことかで済まされる問題ではないはずだ。
でも、カノンはそう言ってくれた。僕のことを気遣って言ってくれたに違いない。
それだけカノンが僕のことを好きだということなのだろうか。だとすればとても嬉しい。
嬉しいけど、いや、嬉しいからこそカノンの言葉は重石になった。
僕自身もカノンが好きだから、カノンが僕のために本心を押し殺していることが手にとるように分かるから、カノンの世界を何とかしてやりたいと思った。
カノンがいた世界は、カノンの一部であるし、僕の作った渾身の世界でもあるのだ。
好き勝手に壊されて堪るものか。
僕は、何とかしなければと思った。
とはいえ、目立って動けるわけがない。
僕の『創界の言霊』を使えば、再び那由多の世界群に行って、ザイをぶん殴ることぐらいはできるかもしれない。しかし、それをしてしまうとザイに見つかり、この世界に害が及ぶかもしれない。
慎重に進めなければ……。しかし、どうすればいい?
勿論カノンには相談できないし、僕以外に『創界の言霊』の使い手である紗枝ちゃんがいるが、彼女を危険に晒すわけにはいなかい。イルシーとは相変わらず連絡の取りようがない。
「奴らしかいないのか……」
僕は多少うんざりしながらも、奴らと連絡を取ることにした。
『あ、シュンスケ君じゃな~い。何々?私の奴隷になる決心をしたの?』
万が一の時のためにサリィの携帯電話の番号を聞いていてよかったと一瞬でも思った自分を恥じながらも、僕は用件を伝えた。
『は~ん。ま、私は別にこっちの世界にいられるだけで十分なんだけど、あのザイって奴がいけ好かないのも事実ね。分かったわ。じゃあ、いつものホテルで……』
「いつもホテルで会っているみたいな言い方するな」
『あんたね、こんなセクシーお姉さんがモーションかけているのに、何でのってこないのよ……。はっ!あんた、まさか、そっちの趣味が……』
「ないわ!それに、今回はお前だけじゃない。魔王やリンドも呼んでくれ。奴らの意見も聞きたい」
『別にいいけど、リンドはこっちにはいないわよ?』
「いない?」
『そうよ。禿の命令で、あっちの世界に残っているんだけど、どうなったのかしら?ま、どうでもいいけど』
リンドは向こうの世界にいたままなのか。これは何かの突破口になるかもしれない。
「とにかく頼んだぞ。明日は土曜日だから会社も休みだろう?僕も午前で学校が終わるから、マルヤスで集合しよう」
『分かったわ。協力してあげるんだから、ちゃんと見返り貰うわよ』
やっぱり協力しなくていい、と言い掛けたが、無情にも電話は切られてしまった。
土曜日。僕は適当な理由をつけて部活をサボり、マルヤスに急いだ。
マルヤスのフードコートにはすでにサリィとデスターク・エビルフェイズの姿があった。
サリィはショートパンツにタンクトップという非常に露出の多い、目のやり場に困る格好をしていた。
かたやデスターク・エビルフェイズは、見るからに安っぽい綿パンにポロシャツという出で立ち。実に不釣りありの二人が同じ席に座っているというのは、傍から見れば滑稽ではあった。
「あら来たわね」
テーブルの上にはお好み焼きやらたこ焼きやらが並んでいた。昼飯のつもりなのだろうか。
「重要な話をしに来たのに、緊張感がないな」
「腹が減っては何とやらだ。少年も食べなさい」
これでもサラリーを貰っているんだから、と自慢げに言うデスターク・エビルフェイズ。
「安月給のくせに無理して……」
とたこ焼きを貪るサリィ。ま、遠慮はしないでおくか。
「事情は概ねサリィから聞いた。確かにこのままではいかんだろうな」
箸で起用にお好み焼きを切り分けながら、デスターク・エビルフェイズが口を開いた。
「少年とザイとのやり取りを聞く限り、ザイがこの世界に手を出すことはないだろう。だが、ザイが統合させた世界に奴の捜すものがなければどうするつもりなのだろうか?」
「つまり、この世界にザイが捜すものがあるかもしれない、ということか?」
「可能性とはしては低いかもしれん。だが、まったくのゼロではないはずだ。もし、この世界に奴の捜すものがあった場合、奴は躊躇いなくこの世界に干渉してくるだろう」
その可能性はまるで考えていなかった。なるほど、可能性はゼロではない。
「ねぇ、ところでザイが捜しているものって何なのよ?私達でそれを捜して差し出してやれば、万事解決じゃないの?」
「確か、奴が創作した物語のヒロインじゃなかったっけ?奴の妄想が度が過ぎたために世界が壊れてしまい、そのヒロインは那由多の世界群を彷徨う結果になってしまったはずだ」
でも、情報としてはそれしかない。捜し出すのは不可能に近いだろう。
「不確かで気が長いやり方だな。戦うだけが道ではないというサリィの提案は魅力的だが、それはこの際考えない方がいいだろう」
僕もデスターク・エビルフェイズと同じ意見だった。サリィはつまらなそうに口を閉じた。
「しかし、どうしたものか。少年の力を迂闊に使えない以上、行動を起こすことができないぞ」
結局、結論はそこへ行き着く。ザイへの対抗手段が『創界の言霊』しかない以上、議論をしても堂々巡りになるだけだった。
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