世界を失っても
ここの所のシュンスケは、元気がなさそうだった。
常に何かに怯えているような感じだったし、先日には下校時に眩暈で倒れそうになった。だから、地震が発生してシュンスケが倒れた時は、このまま目覚めないのではないかと不安になった。
だから、地震が収束し、よろよろと起き上がったシュンスケを見た時はほっとしたものだった。単に地震にびっくりしてずっこけただけだと言う。
大丈夫、大丈夫だからと保険室に行くことを拒むシュンスケ。しかし、カノンには分かっていた。シュンスケは決して大丈夫じゃない。肉体的には大丈夫かもしれないが、何か精神的に負担が加わったのは目を見れば明らかだった。
「何があったのよ」
その日の下校時、カノンはシュンスケを問い詰めることにした。
「何にもないよ。地震に驚いただけだ」
素っ気無く応えるシュンスケ。嘘だ。シュンスケは嘘をついている。
「嘘ね。シュンスケはずっとそう。自分の本心を語らないで溜め込む」
「そんなことないよ」
「他人を傷つけたくないから?人の好意を無視し続けるのと一緒なの?自分の本心が人を傷つけてしまいと本当に思っているの?」
「だから、何でもないって……」
「どうしてよ!どうして話してくれないのよ!シュンスケは、私のことを好きって言ってくれたじゃない!あれは本心なんでしょう?だったら、今溜め込んでいるものも私にぶつけてよ!」
「カノン……」
「黙っていられることで傷つく方が嫌なのよ……」
シュンスケが本心を語らないのなら、カノンは本心をぶつけようと思った。シュンスケの心の鍵を開けるにはそれしかないのだ。
シュンスケは優しい。優しすぎるほどだ。その優しさ故に苛々することもあった。但し、シュンスケの優しさには自己の犠牲、自己の抑圧が伴っていた。
他人が傷つくぐらいなら自分の感情を抑える。
それがシュンスケのスタンスだった。
しかし、シュンスケを愛する女性として、そんなシュンスケが苦しげに見え、自分も苦しくなってくるのだ。
「すまん……。カノン、僕は取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない……」
シュンスケはようやく胸のうちを語ってくれた。
さっきの地震の時、ザイに那由多の世界群に呼ばれたこと。
世界を統合しようとするザイの思惑。
この世界を盾にして脅迫されるシュンスケ。
結果としてカノンのいた世界を犠牲にせざるを得なかった。
シュンスケは涙しながら語ってくれた。カノンはシュンスケの涙をはじめて見た気がした。
自分のいた世界がなくなってしまう。それはカノンにとって衝撃的なことで、ショックだった。
大好きだった故郷の風景も、魔法学院の皆も、戦ってきた仲間も、あるいは憎しみの目で見ていた魔王の居城も、すべてが消え去っていく。考えただけでショックで、涙が出るどころか失神しそうであった。
しかし、カノンは懸命に堪えた。もし、カノンがここで泣き出したり、失神しようものなら、シュンスケはさらに苦しむだろう。あるいは、この世界を犠牲にしてまでザイに抗うかもしれない。前者と後者を天秤にかけた時、今のカノンは針は後者に傾いた。
「なんだ、そんことか……」
カノンは努めて明るく振舞うことにした。
「そんなことって……」
シュンスケがキッと睨んできた。悩みに悩んで苦渋の決断をした結果を、そんなこと呼ばわりされて腹が立ったのだろう。無理もないことだ。カノンとしても、そんなことでの一言では片付けたくない問題だ。しかし、ここは気丈さを貫くしかない。
「そんなことよ。この世界には私がいて、先輩がいる。まぁ、おまけみたいなものもいるけど、それで十分なのよ」
シュンスケの目から険しさが消えていく。カノンは、自分の感情を抑えて畳み掛けた。
「私は自分がいた世界も好きだけど、この世界も同じぐらいに好き。どっちか選べといわれたら、こっちの世界を選ぶわ」
それは間違いなく本心だ。その選択には一縷の後悔もなかった。
「だから、気に病まないで。そんなシュンスケ、見たくないもの」
カノンは真正面からシュンスケを抱きすくめた。男のくせに細い体。小刻みに震えているが、意外に頼りになるシュンスケ。ニセシュンスケに囚われた時も助けに来てくれた。でも、今はカノンがシュンスケを助ける番だ。
「カノン……すまん」
「謝らないでよ。私は大丈夫だから」
本当に大丈夫だから。カノンはシュンスケを抱きしめる力を強めた。
すまんすまん、と涙声で呟くシュンスケ。
謝らないでよ。悲しくなってきちゃう。
カノンは自分の涙を悟られないように、シュンスケの顔を自分の胸に押し付けた。
これでいいんだ。シュンスケとこうしてこの世界で生きていく。カノンは何度も心の中で呟いて、自分に言い聞かせた。
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