崩壊と統合

 微妙な変化はあるものの、普段どおりの日常。そのくせ落ち着かない、何か起こるのではないかという漠然とした不安が僕の中にあったのは確かだった。


 そのひとつの例が、デスターク・エビルフェイズ達がこっちにやってきた時に使ったゲートの消失。それの意味するところは分からないが、僕の不安をさらに掻き立てるのには十分な出来事であった。


 不安と同居しながらも、日々だけは徒に過ぎ、季節は秋から冬に移ろうとしていた。そんなある日、突如として起こったのだ。


 「ねぇ、俊助。ひどい顔をしているわよ」


 その日、僕は普通に学校に行き、普通に昼飯を食べていた。僕としてはそんなにひどい顔をしているとは思っていないが、顔色を指摘した美緒だけではなく、千草さんも不安そうにしている。


 「何でもないよ。ちょっと寝不足なだけだよ」


 僕は美緒から視線を外した。美緒からの告白、そして顔面パンチを喰らって以来、僕はどうも美緒の顔をまともに見れずにいた。美緒の方は実にからっとしたもので、あんなことがあったにも係わらず以前どおりに接してくる。だから余計に僕としては彼女を正視することができなかった。美緒としてはそれが不満らしく、ひどく立腹した表情になった。


 「ちょっと!こっち見なさいよ!」


 美緒の声が頭の中に響く。叫ばないでくれ。頭が痛い。


 「ミオ。やめないよ。シュンスケは疲れているだけなんだから……」


 カノンも叫ぶな。頭が……。


 どうしたんだ、一体?確かに寝不足で、体調もそれほどよくなかったけど、この頭痛は……。僕は頭を抱えた。


 「新田君?とりあえず保健室に」


 千草さんの柔らかい声すらも、今は僕の頭痛を加速させていく。


 「うん。保健室、行く。ちょっと寝かせてもらえば……」


 僕が席を立とうとした時だった。激しい振動が僕を襲った。いや、僕だけではない。机と椅子が揺れているのが見えたし、教室全体が叫び声に満ちた。


 「地震だぁぁっ!」


 「きゃぁぁぁぁぁ!」


 「つ、机の下へ!」


 クラスメイト達が机の下に隠れたり、教室から出ようとしている者もいた。混乱、阿鼻叫喚。いざとなると防災訓練などあてにはならないものだ。みんな統一性なく、ただ無秩序に行動している。カノンは?美緒は?千草さんは?どうしている?


 いや、僕自身どうすべきなのだろう?やっぱり机の下に隠れるべきなのか?


 駄目だ。体が思うように動かない。僕の体はまだ揺れる地面の上にどさっと倒れた。




 起きるがいい、新田俊助。


 不快な、まこと不快で陰湿な声が鼓膜を震わす。


 嫌悪で身震いした僕は、意識を覚醒させる。そして、ぞっとした。僕がいるのはいつもの教室ではなく、あの那由多の世界群であった。一体、どういうことなんだ?あまりの唐突な出来事に僕の思考は一時停止していた。


 「私が呼んだのだよ、新田俊助」


 またあの不快な声だ。僕はその声の主を知っている。


 「ザイ……」


 僕は嫌悪を露にして、その男を見返した。しかし、ザイは眉一つ動かさず、僕を冷徹に見下ろしている。


 「ちょうどよかった。お前に聞きたいことがあった。僕のいた世界とカノンの世界を繋ぐゲートを閉じたのはお前なのか?」


 「そうだ」


 「一体、どうして?」


 「どうして?そんなことが君に関係あるのかな?」


 「あるから僕を呼んだんだろう」


 「ふふ、違いないな」


 見給え、とザイは斜め上の方向を指差した。目を向けると、那由多の世界群を漂う様々な世界のゲートが一箇所に集まり、そして互いに吸収するように集まっていった。


 「これは、何をしている!」


 「反省したのだよ、君とニセシュンスケの戦いを見てね」


 「反省?」


 「そうだ。これまで私は、世界を一つ一つ潰していけば、いつしか私が捜し求めるものが見つかると思っていた」


 「お前が妄想したヒロインって奴か?」


 ザイは僕の質問には答えず続けた。


 「だが、それが迂遠だと分かった。当然だ。いくら物語が壊しても、次から次へとできる。追いつくはずがない」


 もっと早くに気がつくべきだった、とザイは悔いている様子だが、顔の表情は一切変わらなかった。


 「君然り、ニセシュンスケ然り、そして君を助けた少女然り。あれほどの『創界の言霊』の使い手ばかりがいては、とてもとても追いつかない。壊しても壊しても、君達がその気になって次々と世界を生み出していけば、きりがないのだ。だから思ったのだ。世界を統合させようと」


 「統合?」


 「那由多の世界群にある世界を統合しひとつにする。新しくできた世界もこちらに引き付けて統合するすべての世界が一箇所に集まれば、捜し物もしやすいだろう」


 それが今見ている光景なのか。僕は息が詰まった。


 「そのことと、ゲートを閉じたことに何の関係がある?」


 「切り離したのだよ、君のいる世界だけは」


 「切り離した?」


 ザイはゆっくりと頷いた。


 「君の世界だけは統合させない。独立して存在するようにしておく。だから、私のやっていることに手出しをしないで欲しい」


 その交渉のために君を呼んだのだ、とザイは言った。


 「交渉……」


 「悪い話ではあるまい。いや、拒否する権利は君にはない。あれを見るがいい」


 ザイが再びゲートが集まる方向に指差した。数々の世界が動き、吸い寄せられるように一箇所に集まっていくのに、ひとつだけ動かない世界があった。但し、吸い寄せられるのに耐えているのか、小刻みに振動していた。


 「あれが君の世界だ。私の力で動きが止まっているが、ゲートを吸い寄せる力が強くてね。ああして振動している。君の世界にちょっとばかり影響したかもしれないな」


 あの地震はこれが原因か。まだ地震は続いているのか?


 「やめろ!」


 「やめるとも、君が私の提案に乗れば」


 こいつ……。何が交渉だ。これでは脅迫だ。


 「ちょっと待て!カノンのいた世界はどうなる?」


 「ああ、あれか。いずれ統合させる。君にはもう必要のないものだろう」


 「必要がない?」


 「だってそうだろう。君が求めているのカノンというキャラクターであって、あの世界そのものではない。いいじゃないか。カノンというキャラクターは君の世界に残るんだから」


 確かにそうかもしれない。しかし、本当にそれでいいのか?自分のいた世界を消されて、カノンは納得してくれるのか?


 だが、カノンのことを思って拒否すれば、僕のいた世界がどうなるか……。僕のいた世界が崩壊すれば、みんなどうなってしまう?美緒も秋穂も夏姉も、紗枝ちゃん、悟さん、秋穂……。千草さんも……。いや、カノンとレリーラ、ついでにサリィやデスターク・エビルフェイズすらも消えてしまうかもしれないのだ。


 「……分かった。僕は、手を出さない」


 僕は屈した。屈するしかなかった。これが最善の判断のはずだ。


 「君が懸命で助かったよ」


 ザイが言うと、僕のいた世界のゲートが一箇所に集まっているポイントから遠ざかっていく。


 「さぁ、君の世界に戻るがいい。私のことも、『創界の言霊』のことも忘れて、君が本当に望んだ世界に」


 ザイの声が次第に聞こえなくなっていく。本当にこれでよかったのだろうか。


 よかったはずだ、声を大にして言えなかった。一抹の後悔を抱きながら僕は自分のいた世界に戻された。

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