夢幻の抱擁
不思議な夢を見た。
現実ではありえないことだから、間違いなくこれは夢だろう。
『魔法少女ファンシーリリー』のヒロインであるリリーがいきなり僕のいる世界にやってきて、ドタバタ劇を繰り広げるという夢。
魔法を使えないリリーを僕がサポートしていき、魔王やその幹部達をやっつけていくのだ。
なんとも不思議な夢だった。
夢だと分かっているくせに、妙にリアルな体験であるような既視感。
そして、夢の中での僕は、自分でも笑えるぐらい活き活きとしていて、挙句にはリリーのことが好きになっていた。
馬鹿馬鹿しい夢だ。
『魔法少女ファンシーリリー』なんて嫌いなのに……。
週末の土曜日。僕は約束通り、顕子を自分の家に招待した。
玄関先で私服姿の顕子を見た時は、あまりの美しさに息をするのを忘れそうになるほどだった。飾り気のない白いシャツに、膝丈ぐらいの紺のスカート。制服とはまた異なる清楚さがあって、僕はますます顕子のことが好きになった。
「あの、俊助君?」
「ああ、ごめんごめん。さぁ、あがって」
しばらく顕子に見惚れていた僕は、彼女に声をかけられようやく我に返った。来客用のスリッパを取りだし、彼女の前に置いた。
「お邪魔します」
靴を脱ぎ、玄関に上がろうとする顕子。その瞬間、スカートがやや捲れ、太腿が露わになった。白く透き通った肌に、細いながらも質感のある太腿……って何を見ているんだ、僕は!
「秋穂ちゃんは?」
僕の興奮と動揺を余所に、普段と変わらぬ様子の顕子。異常なまでに緊張している自分がちょっと恥ずかしくなってきた。
「友達とお出かけだって」
と言うよりも、顕子が遊びに来るので気を利かせたのだろう。できた妹だ。
「そっか……。二人きりなんだね……」
二人きり。顕子に言われ、今さらながらその事実に気が付いた。二人きり、ということは……。その、なんだ……。
「俊助君の部屋は二階なの?」
「う、うん。二階。案内するよ」
僕はぎこちない足取りで顕子を自分の部屋に案内した。
「へぇ、物は多いけど、綺麗に整頓されているね」
僕の部屋に入った顕子は、ぐるりと見渡してからそのような第一声を発した。
至る所に貼られたアニメのポスター。ちゃんとケースに収納して飾っているフィギュア。ずらっと棚に並んでいる漫画とアニメのDVDとゲームソフト。典型的なオタク部屋だが、そのことについては顕子は一切触れなかった。僕がオタクであることは顕子も承知済みだし、なによりもオタクに対する偏見がなかったのだ。
「まあね。あ、座って」
「うん」
顕子がクッションの上に正座するのを見届けた僕は、飲み物を取りに一度キッチンに下りた。
お盆の上にガラスのコップ二つと麦茶の入ったポット、そしてちょっとしたお菓子を乗せて部屋に戻ると、クッションに座っていたはずの顕子がフィギュアをしげしげと眺めていた。しかも、顕子が眺めているのは『メイドと執事のあれやこれ』の雪平なぎさメイド服バージョン。スカート丈の短いメイド服で、ちょっとアングルを下にすれば純白の下着が見えてしまうきわどいやつだ。
「そんなにじろじろと見られると、こっちが恥ずかしいな……」
「そう?よくできているし、可愛いですよ」
普通の非オタクがこの手のフィギュアを見ると、ドン引きするものだが、流石は僕の彼女。心得ていらっしゃる。
僕がテーブルにお盆を置き、コップに麦茶を注ぎ始めると、顕子は戻ってきて僕の前に座った。
「はい」
「ありがとう。いただきます」
僕が差し出したコップを両手で受け取った顕子は、綺麗な形をした唇をコップの淵につけ、一口麦茶を飲んだ。柔らかい唇だったな……。今日もキス、できるかな……。はっ!何を考えているんだ、僕は。
「ね、ねぇ。顕子」
「何?」
「変なこと聞くけど、僕のオタク趣味について何も思わないの?」
何か適当な話題を、と思ってついつい口にしてしまった。あれ?この話題って、付き合い始めた時にしたっけ?それともしなかったか?
「全然気にしていません。趣味なんて、人それぞれですから」
顕子は躊躇うことなくはっきりと言った。うう、本当にこんな彼女を持てた自分が幸せだ。
「それに、所詮は二次元です。浮気されたって、痛くも痒くもありませんから」
僕の方を見てにこっと微笑む顕子。案に三次元での浮気は許さないぞと言っているのだろう。顕子みたいな素敵な彼女がいるのに、浮気なんてするわけじゃないじゃないか。
「浮気なんてしないよ、絶対に」
「うん。私もしないし、俊助君のことを信じてますよ」
うわっ、お互いに愛の再確認をしているようで、恥ずかしかったが、嬉しくもあった。僕はこの世界でこの上なく幸せな男の一人だろう。
「でも、アニメと一言で言ってもたくさんありますね」
改めて部屋を見渡す顕子。確かに僕の部屋にはかなりたくさんのアニメやゲームに関するグッズやら何やらが置かれている。しかし、それでも世間に存在する作品群の一握りでしかないのだ。
「そういえば、俊助君も小説を書いているんでしたよね」
「うん。何処かの賞に応募して、いずれは作家になってみたいんだ」
「凄い!見せてくださいよ」
「いいよ。でも、まだ完結していないから今度ね」
期待してますからね、と言う顕子。よ、よし、ご期待に沿えるように頑張らないと。
「私、そういう文学的なことができる人って尊敬するんですよ。私自身、そういうの苦手だし、才能ないから」
顕子は立ち上がり、ライトノベルが詰まっている本棚の前に立った。ライトノベルが文学かどうか分からないが、顕子の言いようは大げさな気がする。なにしろライトノベルは、ライトな小説なのだから。
「いろんなタイトルがありますね……」
一冊一冊手に取って物珍しげにページをめくる顕子。僕は講釈のひとつでも垂れようかと思い、席を立った。
「それは『とある料理人の献立表』だね。料理を作りあって競う話なんだけど、無茶苦茶に料理法とかあって面白いんだ」
「へぇ……。これは」
「『マリアンヌ様が見ている』だよ。もともと少女向けの小説だったんだけど、アニメ化すると逆に男子にうけてね。僕も思わず原作小説を買っちゃったんだよ」
「あ、これは……」
次に顕子が手にしたのはスチール氏の原画集だった。絵が可愛い、と言って顕子はページをめくっていく。僕はその都度、何の作品であるか注釈を入れていった。あまり知らない作品のもあったが、比較的すらすらと名前が出てきた。
「この絵、魔法少女ですか?」
ページをめくる顕子の手が止まった。金髪の胸の薄い、勝気そうな女の子がピンクのレオタードみたいな服装をしていた。紛れもなく魔法少女ものの格好だ。
「ああ、それはカノンだよ」
僕は瞬時の答えて、おやっと思った。カノン?そんなアニメのキャラクターっていたっけ?
「違いますよ。『魔法少女ファンシーリリー』のリリーって書いてあるじゃないですか」
顕子が指差したページの隅に小さくそう書かれていた。改めて見ると、確かに僕が嫌っている『魔法少女ファンシーリリー』のリリーだ。僕は何と間違ったんだ?
その時、僕は不意に最近見た夢のことを思い出した。嫌いなはずのアニメなのに、夢のはずなのに、妙に既視感あふれる映像。あれはリリーなどではなく、カノン……。
「俊助君!」
顕子の呼ばれ我に返った。ごめん、と言おうとした矢先、僕の口は彼女の唇によって塞がれた。
顕子が一方的に僕に対して力強く唇を押し付けてくる。意外なまでの彼女の力に押された僕は、二三歩後ずさり、そのままベッドの端に足を取られ、どさんとベッドの上に倒れこんだ。当然、顕子が僕の上に覆いかぶさってきた。大きく柔らかい二つの隆起物が僕の胸を圧迫してくる。
「あ、顕子……」
ようやく僕の口を解放した顕子。ま、まさか顕子がこんなに積極的に来るとは……。でも、前にキスした時も顕子の方から誘ってきたもんな……。
「いいよ、俊助君なら」
顕子が覆いかぶさったまま耳元でささやいた。僕は、いいよの意味を瞬時に理解することができなかった。
「俊助君、好き。誰にも渡したくない。だから、私を俊助君だけのものにして!」
再びキスをしてくる顕子。こ、今度は舌を僕の口内にねじ込んできた。お、大人キスだ……。いいよって、ひょっとしてそういう意味?
僕は顕子の背中に手をまわした。シャツ越しに彼女の素肌の感触が分かる。そして僕も自分の舌を顕子の口内にねじ込む。ふう、ふう、とお互いの交じり合った吐息が漏れる。
こうなったら最終局面まで行き着くしかない。僕はスカートの内側に入れてある顕子のシャツの裾を引きずり出した……。
『駄目ですよ!!』
不意に脳内で、僕の行動を阻止するかのような声が聞こえた。理性が僕に自制を促しているのか?でも、激しく密着している顕子の体を感じると、り、理性なんて……。
「ただいま、兄さん」
玄関から聞こえてきた秋穂の声で、吹っ飛びかけた理性が戻ってきた。僕は多少秋穂のことを恨めしく思ったものの、心の中ではほっとしていた。積極的だった顕子も、流石に僕から体を離した。今になって積極的だった自分が恥ずかしくなったのか、やや乱れた服装を直しながら顔を背けた。
「また、今度ね」
顕子は小さく呟いた。僕が激しく首肯したのは言うまでもなかった。
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