ゲームは動き出す

 気がつけば、僕は保健室のベッドで寝ていた。


 どうにも意識が混濁している。何か微妙な違和感のある朝を向かえ、教室の机で伏せていたところまではおぼろげながら覚えている。しかし、それすらも現実であったどうか判断つかないほど、僕の意識は不明瞭で、思考もあやふやであった。


 「でも、どうして保健室?」


 保健室など来た記憶はなかった。それどころか高校生活の中で保健室に来たことすら一度もない。ひょっとして、始業式の日に何かで倒れ、保健室に運ばれたんじゃないだろうか。それであの違和感ある朝のことはすべて夢……。ありえることだ。


 「違いますよ」


 ベッドの周りに囲んでいるカーテンの向こう側から声がした。聞き覚えのある永遠の十七歳声だ。


 「久しぶりだな、イルシー……」


 カーテンを開けた先にいたのはイルシーであった。タイトスカートに黒ストッキング、そして裾が長めの白衣に赤いフレームの眼鏡。これでもかと言わんばかりの保険の先生スタイルだ。


 「はい。本当に久しぶりです。あ、ひょっとして寂しかったですか?シュンスケ君」


 「全然」


 「はっきり言ってくれますねぇ。お姉さん、ショックです」


 「ふん。で、今まで何をしていたんだ?それに、こうしてわざわざ現れたということは、この状況を説明してくれるんだろうな?」


 「あ、何だかんだ言って、お姉さんが何をしていたか気になるんですね?」


 「気にはならんが、ご都合主義的に現れても困るだけだ。どうせお前のポジションは説明係だからな」


 「ううっ、ひどい言い方です。お姉さん、しょんぼりん」


 しょんぼりんって……。そんな台詞を言ったところで、全然可愛くなんかないんだからね。


 「まぁ、何していたかと言うと、説明係という表現は遠からず正解ですね」


 「どういうことだ?」


 「別の『創界の言霊』の使い手を見つけたということですよ。お姉さんは、その人に対する監視を行っていたんです」


 「僕の他に?この世界にいるのか?」


 「そうです。こう見えてお姉さんは忙しいんです。シュンスケ君ばかりに関わっていられないんです」


 こちらは別に関わって欲しいとは思っていないがな。しかし、この世界に僕以外の『創界の言霊』の使い手がいるとすれば、それは聞き捨てならないことだ。


 「そいつがこんなことをしているのか?」


 「う~ん、どうなんでしょう。ちょっと分かりませんねぇ」


 「使えない奴だな。監視していたんじゃないのか?」


 「監視していましたよ。でも、微妙なんですよ。他の誰かかもしれませんし、きちんとした判断ができません」


 「ふん。まぁいい。でも、少なくともこの世界は、普通の世界じゃないんだな?」


 「そうです。シュンスケ君の世界とゲームの世界が融合してしまったんです」


 「ゲーム?ま、まさか……」


 「そうです。『ときめき♪ハイスクールラバー』の世界と融合してしまったんです」


 来たか……。カノンが出現して『創界の言霊』に関わる一連の騒動が始まって以来、いつかはこういうシチュエーションが来ると思っていたが、まさかこのタイミングとは……。しかも、よりにもよって恋愛シミュレーションかよ。


 「あれ?驚かないんですか?」


 「僕の驚きの源泉は、お前と会った時に涸れたよ。今更何が起こっても驚かん」


 「面白くありませんね」


 「面白がるな!で、さしずめ僕が主人公で……」


 僕は青ざめた。僕が主人公ということは、攻略ヒロインは……。


 「あのバッチか……」


 「そうです。ハートが五つついたバッチをつけている女の子は攻略ヒロインです」


 そういうことか。ということは、ピンクのハートは好感度を表しているんだな。女の子の好感度を五つのハートで表すあたりは『ときめき♪ハイスクールラバー』と一緒だ。


 「待て待て!カノン達が攻略ヒロインだと?御崎綾音とか水川鈴子じゃないのか?」


 「だから、融合しているんですって」


 至極残念だ。どうせなら、御崎綾音を攻略したかったのに。


 「で、どうやればこのふざけた融合世界から抜け出せるんだ?」


 いつもなら魔王軍の誰からやっつければ元の世界に戻るのだが、今回は魔王の影は見えない。どうやって世界を元に戻せばいいのだろうか。


 「とっても簡単なことです。シュンスケ君が、誰か一人を攻略して、ゲームをクリアすればいいんです」


 「なるほど、とっても簡単だな……って!マジかよ!」


 「マジです。大マジです」


 簡単って……。いや、攻略するということは、そのヒロインに告白して(もしくは告白されて)、最後の最後にキ、キスを……。


 「ぐふふん。シュンスケ君、エッチィことを考えてますね。駄目ですよ、できるのはキスまでです」


 いや、そのキスに抵抗感があるんですけど……。しかも、全員僕の知っている女の子じゃないか。


 「ほ、本当にそうしないといけないのか?」


 「ええ。駄目です。そうしないとこの世界からは脱出できません」


 断言するイルシー。く、くそぉぉ。諦めて、この世界を作り出した奴の術中に嵌るしかないのか……。


 「時間は一週間単位で進んでいきます。あ、クリアしたら元の時間軸に戻るので、その点は心配しないでください」


 「僕にゲームをやらす気満々だな。で、具体的にはどうすればいい?」


 「基本的には『ときめき♪ハイスクールラバー』と同じです。ステータスをあげて、女の子の好感度をあげて、イベントでフラグを回収していく」


 「ステータス?」


 「そうです。これを使ってください」


 僕の目の前にモキボのように光の線で象られたマークがいくつか現れた。それぞれ色が違い、形も鉛筆のマークや人が走っているマークなど様々。


 「この中から週に一回、あげたいステータスのアイコンを選んでください。あ、現在のステータスを確認した時は保健室に来てください。お姉さん、じゃなかった先生が見せてあげます」


 「先生?お前、保険の先生として居つくつもりなのか?」


 「何を言っているんです!先生も攻略対象ですからね」


 そう言ってイルシーが白衣の襟元を捲った。右胸には例の好感度バッチが……。しかもハートは三つと半分。た、高いな……。


 「どうです?いきなり好感度が高くて攻略しやすそうでしょう?でも、駄目ですよ。先生はハードルが高いですから」


 「安心しろ。そのつもりはない。こういう恋愛シュミレーションで、教師系のキャラクターは最初から好感度は高いもんだ。でも、いざ攻略となれば非常に難しいと相場が決まっている。かのオトシガミ様も仰っていたからな」


 「ぶー。いいですよ~だ。で、シュンスケ君は誰を攻略するんです?」


 「え?誰って……」


 誰って、そりゃ……。え、誰がいいんだろう?こういう恋愛シュミレーションゲームは、ある程度の段階で攻略目標キャラを定めて、それを落とすために行動しないといけないのだ。


 「シュンスケ君。ある意味これは君に課せられた試練かもしれませんね」


 「試練?」


 「そうです。もう気がついているんでしょう?いつまでもこのままじゃいけない。何らかの形で答えを出さないといけないって……。これはその予行演習のようなものですよ」


 「イルシー……お前」


 「人の好意を無視すると一生後悔する。先生が言えるのはそれだけです。期限は卒業までですよ。じゃあ、頑張ってくださいね」


 イルシーがこれまで見せたことのない優しげな顔で微笑んだ。




 現在の好感度


 イルシー:3.5


 美緒:2.5


 秋穂:2.5


 カノン:0.5


 顕子:??

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