秋穂vsサリィvs???
兄達に続いて脇目も振らず駆け出した秋穂だったが、島にたどり着いてみると俄かに冷静になってきた。
『本当に願い事なんて叶うのかしら……』
ふと周囲を見渡してみると、誰もいなかった。そうなるとますます頭が冷えてくる。海が裂けたのにはびっくりしたが、願い事が叶うなんて所詮夢物語。あり得るとは思えなかった。
『漫画やアニメではあるまいし……何をしているんだか……』
本当に何をしているのだろう。似合いもしない、本来ならやりたくもないアニメのキャラクターの扮装をやらされ、こんな無人島まで来て……。
「で、でも……」
もし、万が一にも願いが叶うという話が本当だとするのなら、皆はどんな願い事をするのだろう。
兄は何を願う?憧れの声優に会いたいとか願うのだろうか?
美緒は何を願う?兄と結ばれることを願うのだろうか?
カノンは何を……。夏子は?顕子は?
これを契機に取り返しのつかない事態になるのではないか?下手をすれば、兄との絆が絶たれてしまうかもしれない。
『そればかりは……』
阻止しなければならない。可能性がゼロではない限り、危険の芽は摘んでおかなければならない。そして、あるいは自分が……。秋穂は、決意を新たにし山頂へ向かい道を捜した。
道標もない山道をしばらく歩いていると、やや開けた空間に出てきた。周囲は背の高い杉の木に囲まれており、夏に日差しがまるで差し込んでこない。その空間の真ん中に半壊した東屋のようなものがあった。どうやらかつては人の営みがあったというわけだ。
「ちょっと休もうかしら……」
東屋の中を覗いてみたが、椅子は苔だらけで座る気がしなかった。
「あらあら、先客?」
秋穂が来た道とは別の道から声がした。秋穂の聞いたことない声だ。
「誰?」
声がする方向に目を向けた秋穂は、思わず息を飲んだ。ちょっと年のいった女性だったが、驚くのはその格好だ。ほぼ紐と言ってもおかしくない水着を着ている。いや、もうこれは水着ではないだろう。
「ふ~ん。カノンじゃないんだ…」
カノン。カノンのことを知っている?この人も兄が所属している怪しげなクラブの部員だろうか?でも、昨日は見なかったが……。
「ま、いいわ。ちょっと邪魔だから、ここでおねんねでもしておいてもらおうかしら」
じりっと秋穂に近づく女性。秋穂は後ずさる。
「まったく、山頂ってどこなんだ……」
そこへまた別の声が。今度は聞き覚えのある声だ。
「誰かいるのか……?」
秋穂が来た道から姿を見せたのは、海パン姿の禿た中年男性……。あ、あれは……。
「山田さん!」
「お、お嬢さん!」
山田だ。秋穂と狂言誘拐を企んだ、あの気のいい優しいおじさんだ。
「山田さん、どうしてここに?」
「いや、私は社員旅行に来て、そしたら願いが叶うとか何とか……。あ、サリィ……じゃなかった早川さん」
「チッ、禿が」
早川と呼ばれた女性はあからさまに舌打ちをした。
「山田さんも願い事を?」
「ああ、うん。まぁ……」
「ちょっと、あんた達知り合い?一体、何なの?」
苛立った様子の早川。秋穂と山田は視線を交わしたが、お互いの関係を話そうとはしなかった。
「まぁ、いいわ。ここで二人リタイアしてもらうから」
まずは弱い方から、と目で山田を牽制しつつ、秋穂ににじり寄る早川。
「早川!その子は普通の子だぞ」
「だから何よ?あんただって願い事を叶えたいんでしょう?だったら、ライバルが一人でも減った方がいいじゃない?」
「それもそうだが……しかし」
「大丈夫よ。あんたも後でぶっ飛ばしてあげるから」
「……。くそっ!」
山田はだっと駆け出すと、秋穂に背中を見せて早川の前に立ちふさがった。
「山田さん!」
「ちょっと禿!そこを退きなさいよ」
山田の背中で見えないが、早川はきっと般若の如く怒っていることだろう。
「お嬢さん、先に行きなさい」
「え?でも……」
「お兄さんとは仲良くやっているかい?」
「え、ええ。まぁ……」
秋穂は曖昧に応えた。仲良くやっているとは言い難いのだが。
「その様子ではあまり上手くいっていないようだね……。願い事、叶えるといい」
山田がちょっと振り向いた。禿た中年だが、ちょっとだけ男前だった。
「でも……!」
「さぁ、行きたまえ」
山田が秋穂の肩を押した。狂言誘拐の時もそうだったが、山田は優しい。その好意、無駄にはできない。
「すみません!山田さん」
秋穂は走り出した。山田はにっと笑って見送ってくれた。
「フン!かっこつけちゃって。いい年した中年がやることじゃないわね」
「何とでも言え。人のことを散々禿呼ばわりして。分かっているだろうな」
デスターク・エビルフェイズは、久々に燃えていた。あのお嬢さんの願い、何としても叶えてあげたい。
今まで部下に手を上げたことはなかった。それが魔王としてのデスターク・エビルフェイズの矜持であった。しかし、今日ばかりはその矜持を破らなければならない。お嬢さんのためにも。
『お嬢さん。幸せになるんだぞ』
お嬢さんが幸せになれば、それでいい。最初はこのつんつるの頭を何とかしようと思っていたのだが、今ではお嬢さんの幸せこそがデスターク・エビルフェイズの望みになっていた。
「さぁ、さっさと退きなさいよ、禿!」
「その減らず口、すぐに黙らせてやる。魔王の恐ろしさ、味あわせてやる」
サリィの氷。デスターク・エビルフェイズの炎。二つが激しくぶつかった。
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