みんなでコスプレすれば恥ずかしくない~前編~
翌日、昼。
朝方から降り注いでいた雨もすっかりと止み、夏の空は雲ひとつなく晴れていた。よし。とりあえず『創界の言霊』が天候に通用するは確認できた。しかし……。
「ほほう。晴れたなぁ。天気予報って見事に当たるもんだね」
窓辺に立ち、眩しそうに空を見上げる夏姉。
「晴れましたねぇ。まるで今の私の心のようです」
朝食時、不機嫌の極みにあった紗枝ちゃんが大復活。すでにカメラを首から下げ、三脚を抱えている。今にも飛び出さんばかりの勢いだ。
「本当にやるんですか……?」
僕は時計をちらっと見た。まだ十一時。とりあえず十二時までには皆で浜辺に集まらないといけないのだが、まだ早い。
「ほらほら。早くどれか選びなさい。カノンちゃんもそろそろ着替え終わるよ」
僕の目の前には三つのダンボール。その中にはいくつものコスプレ衣装。しかも、ほとんどが女性キャラのものだ。
「往生際が悪いですよ、先輩。私だってビデオカメラのスイッチが消されているのを発見した時、凄くショックだったんですから。しかも、先輩はリビングで寝ていたし……。でも、それは諦めて今ではすっかり立ち直っています」
「やっぱり、あのカメラは紗枝ちゃんだったんだね!」
スイッチ切っておいてよかった。何に悪用されるか分かったものじゃない。
「そのことはもういいんです。さぁ、諦めてください。じゃないと、私が勝手に選びますよ」
「そういえば、カノンちゃんって何のコスプレ選んだの?」
「確か、『キュアキュアバスター』のレインバスターのはずですよ」
「ああ、あれか。フリフリで可愛い衣装だもんね。カノンちゃん好きそう。じゃあ俊助も『キュアキュアバスター』から選ばないとね。俊助なら、凛々しいビーナスバスターかな」
夏姉がダンボールからフリルが沢山付いた赤色の衣装を取り出した。『キュアキュアバスター』は日曜の朝からやっている小さなお子様から大きいお友達にまで人気のアニメだ。ビーナスバスターは、かっこいい感じの女の子なので僕も好きなんだけどね。でも、『キュアキュアバスター』のコスプレはやりたくない。
「こ、これにします!」
僕が取り出したのは『嬉し恥ずかし弁天さまっ!!』に出てくる巫女服だ。これならまだ男が着てもそれほどおかしくないはずだ。
「えーっ、つまんないです」
「つまらなくない!着替えてきます」
僕は巫女服を持って二階の部屋へ向かった。
「まぁまぁ、紗枝ちゃん。今日一日あるんだから、お楽しみは後に置いておこうよ」
背後から夏姉のおぞましい声が聞こえた。ま、負けるものか……。
十分ほどで着替え終えて一階に戻ると、カノンも着替えが完了していた。白と水色を基調としたフリルのついた衣装。しかもご丁寧に水色のウイッグも装着している。うん、魔法少女っぽいな。
「シュンスケ……。意外と普通ね」
「普通じゃない!充分におかしいから!。お前は、怖いぐらいに似合っているぞ」
「……ありがとう」
照れながら俯くカノン。そこへ美緒、秋穂、そして千草さんが部屋から出てきた。
「あ、お出かけですか……。やっぱりそういう集まりなのね。俊助、あんた性根も腐ってきたみたいね」
「これはこれであり……じゃなかった。兄さん、見下げ果てました」
うう……。巫女服ならまだましだと思ったが、どうやら認識が甘かったようだ。そりゃ、冷静に考えればおかしいよな。
どうせ千草さんも軽蔑の眼差しで僕を見ているに違いない。僕は恐る恐る千草さんを見ると、目をぱちくりとさせていて、明らかにコメントに困っていた。
「千草さん……。笑いたければ、笑ってもいいですよ」
「い、いえ。そんなつもりはないんです。これがテレビなんかでよく見るコスプレなんだなぁ、と思って……」
本当によくできていますよね、とカノンの衣装を間近で見ようとする千草さん。あ、あれ?思いの外、好感触だぞ。
「ありがとうございます!これ、全部手作りなんですよ」
紗枝ちゃんが自慢げに言う。
「そうなんですか?」
本当に驚いたと言わんばかりに目を見開く千草さん。そういえば千草さんはオタクに対して偏見がなかったんだっけ。
「ふふん。顕子ちゃんも着てみる?」
素晴らしい、いや、とんでもないことを提案する夏姉。
「え?」
千草さんは流石に当惑しているようだった。しかし、夏姉は構わずダンボールから衣装を捜し出す。
「顕子ちゃんはお胸もあるからねぇ……。カノンちゃんと俊助向きのものばかりだから、サイズ合うのがあるかな……」
「ナツネエ!それじゃあ、私にお胸がないみたいじゃない!」
「ないみたじゃなくて、ないだろ……痛い!ごめんなさい!」
「あ、あの足利先輩。私は、その……」
躊躇いを見せる千草さん。う、うん。千草さんのコスプレを見たい気もするが、やっぱり無理強いは駄目だよね。
「よ~し、それなら皆でコスプレしよう!」
ああ、それならOKだ……って、またとんでもないことを言い出したぞ、夏姉!僕的には嬉しいけど。
「さ~て、私はどれにしようかな?ほら、皆も早く選ばないといいのがなくなっちゃうよ」
「わ、私達もやるんですか?」
美緒が悲鳴をあげた。秋穂も険しい顔をなった。
「そうだよ。別に嫌ならいいけどね。でも、皆がコスプレしているのに、一人だけ普通の格好だと恥ずかしいよ」
「いや、夏姉。コスプレ姿の方が充分に恥ずかしいよ」
「それにさ。君達はオタク的なことに否定的だけど、誰かさんはコスプレ大大大好きなんだよ」
僕の言葉を無視する夏姉。コスプレ大大大好きって夏姉自身のことじゃないのか?ま、僕も嫌いじゃないけど。
「……。し、仕方ないわね。あんまり露出が多いのは嫌よ」
「私も社会勉強の為に……。アメリカでも流行っていましたから」
お互い視線を交わしながらコスプレに渋々同意する美緒と秋穂。あ、あれ?なんかおかしい方に事態が流れているぞ。
「顕子ちゃんはどうする?」
「わ、私もします!お友達として皆と一緒にやってみたいです」
僕は立ち眩むと同時に鼻血が出そうになった。鼻血は寸前のところでセーブできたが、立ち眩みが……。い、いや、千草さんがコスプレ?ま、まさか、そんな……。天使が女神の衣装に着替えるようなものじゃないか?って何を言っているんだ僕。でも、折角ならメイド服?いや、凛々しい騎士姿も……、当然夏だからビキニアーマーで……。
「シュンスケ!どうしたのよ!」
倒れかけた僕をカノンが支えてくれた。うん。コスプレ写真、悪くないかもしれない。
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