その前夜~決意し前へ進むもの~

 「はい。これ、頼まれていたDVD」


 ダンスレッスン終了後、マネージャーが紙袋を差し出してきた。中には『メイドと執事のあれやこれ』のDVD全六巻が入っている。


 「ありがとうございます」


 千尋は、汗を拭きながら紙袋を受け取る。イベントまで一週間を切った。イベント当日までにちゃんと勉強しておかないと。


 「何か吹っ切れたみたいね。ダンスのキレも戻ってきたみたいだし、アニメを見て勉強するなんて」


 「まぁ、折角のチャンスですから」


 「そうよね。でも、よかったわ。私、心配していたのよ。千尋が無理しているんじゃないかって」


 無理はしていた。マネージャーは気がついていたのか……。


 「秋月さんから千尋をオタクキャラで売り出すって言われた時、ちょっと抵抗したの。本当にアニメもゲームも好きじゃない子をそういう風に売り出すのはどうだろうかって。でも、秋月さんって強引でしょう?無理矢理決めちゃってね。まぁ、おかげで千尋のソロデビューが決まったんだけど……」


 「ありがとうございます。このチャンス、絶対ものにします」


 「頑張って頂戴ね」


 「はい!」


 千尋は、このマネージャーのことがちょっとだけ好きになった。




 「さて……と」


 ダンスレッスンを終え、家に帰りついた千尋は、早速自室のテレビの前に陣取った。時刻は午後十一時。ちょっと眠かったが、そんなことを言っている時間はない。とりあえず一巻分だけでも見てみようと思い、紙袋から『メイドと執事のあれやこれ』の第一巻を取り出した。


 「なんでこの子達、日本人なのに髪がピンクとか青なのよ」


 パッケージを見て疑問に思いながらも、プレイヤーにDVDをセットする。しばらくして本編が始まった。


 親の借金を背負わされ、雪平家の執事になるはめになった主人公浩輔。


 その浩輔を何故か目の敵にして、家から追い出そうとする雪平家のお嬢様なぎさは、メイドに化けて浩輔の失態を誘うような邪魔をしたり、大変な仕事を押し付けたりする。


 しかし、いくら邪魔をし、大変な仕事を押し付けてもへこたれない浩輔。そんな浩輔を見て心動かされるなぎさは、やがて自分が大きなミスをしてしまう。だが、そんななぎさを浩輔がかばうのであった。ここまでが第一巻に収録されている第一話と第二話の粗筋である。


 「何だ、これ?」


 何と言おうか、荒唐無稽と言うか、あり得ないと言うか……。そもそも、親の借金を子供が背負う必要ってあるの?確か遺産を相続しなければ、借金を相続する必要ないんじゃなかったっけ?


 それに執事にメイドって……。今時の日本に執事とかメイドのいる家なんてあるの?第一、ヒロインはどうして主人公を眼の敵にしているの?しかも追い出そうと自らメイドになるなんて……。父親か母親に、あいつ馘にしてって言えば済む話じゃない。


 「全部作り話じゃない」


 と呟いてから、アニメなんだから当然か、と思い直した。作り話だから、こんな荒唐無稽なお話ができるんだ。


 「これ、本当に面白いの?」


 疑問に思いながら、第二巻目を取り出す。パッケージは、緑色の髪をしたちょっときつそうな感じの女の子だ。


 「この子って、二話のラストに出てきた子よね?」


 名前は、三条院さんだったっけ?この子、どういう子なんだろう?予告ではなぎさのライバルっぽいことを言っていたけど……。


 「もう一話だけなら、いいよね」


 時計を確認した千尋は、第二巻のパッケージを開けたのであった。

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