あれはコスプレイヤーですか?
毎度のことながら、実に美味しいオムライスであった。
僕は満足して『メイドハウス~ぷりてぃーきゅあ~』を後にしたのだが、カノンの顔色はやや悪そうだった。
「どうした?美味くなかったのか?」
「う……。もうケチャップはいいわ」
そう言えば、食後の紅茶を飲んでいる時も、ケチャップの味しかないと言っていたか。確かにオムライスの黄色い部分が隠れるほど大量のケチャップだったもんな。
「馬鹿だな。ああいう場合は、比較的簡単な文字にするんだよ」
「分かっていたなら教えなさいよ、馬鹿」
悪態をつく語気もやや弱々しかった。
僕とカノンは、裏路地からオキバの雑踏に戻った。さて、次はどこへ行こうかと考えていると、日曜日のオキバ名物の歩行者天国が始まっていた。
メイン通りは完全に車をシャットアウトし、すでに歩行者で溢れていた。所々にコスプレイヤーも姿も見え、オキバが本格的なオタクの聖地にならんとしていた。
ここオキバでは、一箇所に定まって撮影やパフォーマンスをしない限り、コスプレをして歩行者天国を練り歩くのが許されていた。オキバが急速にオタクの聖地として成長した理由の一つでもあった。
「うわぁ!何?お祭り」
大量のケチャップのせいでげんなりとしていたカノンが俄かに復活。神社の縁日を前にしてはしゃぎ出す子供のようだ。
「毎週日曜日のオキバはこんなもんさ。まぁ、今日はいつもより少ない気もするがな」
「へぇぇ」
周囲をきょろきょろと見渡すカノン。それは田舎ものっぽいからやめてくれ。
「ねぇねぇ、あれがコスプレなんでしょう?」
カノンが指差した先には、人気RPG『シャイニングファンタジア』のコスプレをした女性が二人歩いていた。シリーズ三作目のミファーとレファー姉妹のコスプレだ。完成度も高く、なかなかのものである。
「いいなぁ。特に緑の方が強そう」
強そうってコスプレを見るときの価値基準としてはどうだろうか。ちなみに緑の方とはミファーのことで、やはり戦士系だ。
「お前、自分が魔法使いであることを忘れるなよ」
「わ、分かっているわよ。戦士でも魔法を使えればいいんでしょう!」
そういう台詞は自分で魔法を使えるようになってから言って欲しいものだ。
しばらくコスプレイヤーの様子などを眺めながら練り歩いていると、ちょうど交差点の辺りで黒山の人だかりに行き当たった。激しいフラッシュがたかれている。どうたらコスプレイヤーを囲んでの撮影会が行われているようだ。オキバがオタクの聖地としての急速に発展する影で、こういうマナーを守れない輩も増えてきたのはまことに嘆かわしい話である。
「ちょっと!シュンスケ!」
「カノン。相手にするな。ああいう手合いはオタクの風上に置けん奴らだ。己の楽しみのために人様に迷惑をかけず。これが真のオタク道だ」
「違う!そうじゃない!」
カノンがびしっと指差す。その先を追っていくと、黒山の隙間から囲まれているコスプレイヤーが僅かに見えた。見覚えのある面。あれは……。
「サ、サリィじゃないか!」
「しっ!」
僕の口を押さえるカノン。そのまま身を屈めながら、黒山にじりじりと近づく。大分と黒山の中の様子が分かるようになってきた。
「ほらほら撮りたいの?撮りたいのね?もっと撮らせてあげるわ」
サリィはこの前より露出の多い衣装を着ていた。まるで……いやはっきり言おう。ボンデージそのものであった。ただマントを羽織っていて、カメラ小僧達を挑発しながら、ちらちらとマントを開いたり閉じたりして、その大胆な衣装を晒していた。
「あいつ……。何しているんだ」
あれではまるで露出……いや、やめておこう。あれでも僕が生み出したキャラクターなのだ。はっきりと変態だと断じるのは忍びなかった。
「すいませ~ん。こっちに目線ください」
「誰に命令してんのよ、このクズ!自分のなりを見てからほざきなさい」
罵りながらも、発言したカメラ小僧に向かって太ももを露するサリィ。罵られたはずのカメラ小僧が、あーざす、と興奮しながら感謝の言葉を叫び、カメラのシャッターを押す。それに合わせて全方位からもフラッシュが光る。流石に僕もついていけない世界だ。
「よし!今なら不意打ちできるわ」
ようやく僕を解放したカノンが実に不穏当なことを言った。
「馬鹿!ここはやり過ごすんだ。あまり奴と関わりを持つな」
「どうしてよ?あいつをとっちめてやらないと世界は元に戻らないんでしょう?」
そういえば、サリィがそこにいるだけで、周囲の風景は現代のままだ。森や西洋風の塔といったファンタジックなものは何一つとしてなかった。そういうのもありなのか?
「とにかく駄目だ。関わりを持つといろんな意味でややこしくなる」
「いやよ。サリィには散々辱めを受けたんだから、みっちり復讐してやらないと」
カノンが僕の制止を無視して、黒山を掻き分けて中に入る。知らん、僕はもう知らんぞ。
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