第296話「四人」
十年前に建てられたこの祠へ毎年春、訪れるのがひかりの週間となっていた。初めは人間のメディアが取り囲んでいたものの、今では気配もない。少し雨風で端が古びてきた祠に近づくと、カラカラと音が耳に聞こえてきた。
「Hey! レディ、元気してマシタかー?」
「──リリィさん!」
大きく手を振りながら歩いてきたリリィは車椅子を押している。そこに癖のある桃色の髪がなびいていた。
「また一段と素敵な女性になりマシタね」
ジャスがふわりと笑う。彼もまた、十年前の怪我の後遺症によって、下半身不随になっていた。二人はその後、祖国へ帰ったとひかりは聞いていた。
「お二人とも、こちらにいらしてたんですか」
「ヒカリがここに来るのは知ってマスから! どうして春ナノカは、分かりマセンけど。アノ日は冬デシタよ?」
「確かにそうですけど」
祠へ落ちていくハルが呟いたひと言が頭から離れなかったのだ。降り出した雪は夕陽に染められ、桜のようだった。それに何かの思い出を重ねるようなぽうっとした瞳で彼女はこの世から消えたのだ。
「春は大切な季節だったのかもしれません、母が名づけた理由でもあったようですから」
「夢を見ていたんでショウ」
祠を眺めながらジャスは告げる。
「美しい思い出がある春の日に、貴女の未来を重ね描くコトで。せめて最期は愛した人の幸せを信じたかったはずデス」
「どうでしょう」
そうするとハルは自分の最期の瞬間でさえ、ひかりのことを一番に想っていたことになる。それを裏切ったようで、苦い気持ちが込み上げてきた。
「わたしはハルを生贄に──」
「ン……ふふっ、フフフ……!」
突然、クスクスと口元を押さえたリリィは何度も首を横に振る。しかしまだ笑いながら、ごめんなさいと途切れ途切れに謝った。
「見つけちゃいマシタ、フフフ……!
「い、いえ。大丈夫ですけど──何を見つけたんですか」
「フフ……あそこデスね」
ジャスが指した先にちらりと見えたブレザーの制服と明るい緑色の髪にはっとする。駆け寄って見上げたその顔は凛と精悍な青年だった。
「翠君!」
「……久しぶり」
苦い顔をしながら返事をした声も落ち着きがある。この十年で最も変わったのは彼──青葉翠だった。
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