第273話「一瞬の」

 突然、地面に大きな亀裂が走り水平だった足元が傾く。咄嗟に奎介が岩の壁を作り上げたと同時にそこへ金棒が振り下ろされる。青ざめたマチネを抱えて後ろへ逃げた奎介を社地が背中に隠した。

「鬼に近づいてはいけません。わたくしの扱う神道は人が多くなると力が散ってしまうので、押さえ込めなくなるのでございます」

「そうなの? ごめんなさーい」

「来るぞ」

 茨木はこれ以上なく恐ろしげな顔をしていた。息巻いた様子と逆立った髪がその表情を一層引き立たせる。

「二度と無様な姿は晒さない。貴様らはあの忌々しい武士より遥かに弱く臆病だ、そんな者どもに負けるはずがない」

「ウチらだってやれば出来る子なんだから! 証明しようよ、けいちん」

「……ああ。償いをする時だ」

 熱風が吹き荒れ、岩がせり上がってくる。生身でそれらを受け止めた茨木は身体を震わせた。その程度かと鼻で笑い、目にも留まらぬ速さでマチネ達に殴りかかる。

「貴様らにこの先生への道は無し。ただこの世からねば良いのだッ!」

「生死の狭間なんてもうこりごりだよ!」

「殺させない」

 岩の防壁を拳で砕く。その腕を喰らうように岩が飲み込んでいくのを、さらに茨木は叩き割っていった。一点に絞った突風が脇の下に突き刺さる。血が噴き出したのを見たマチネが空高く叫んだ。

「やっぱり皮膚も弱いとこは弱いんだよ! けいちん、脇とか膝裏を狙ってね」

「分かった」

 奎介が両腕を前に突き出す。それに合わせて社地の大祓詞も速度と声の大きさを増していく。ピン留めにされた虫のように、茨木の身体は大地に貫かれて動きを鈍くしていった。

「うんうんっ、作戦成功。鬼はプライドが高いから、相手を侮辱して冷静さを失わせるのが一番だよねー」

「阿呆どもがッ……!」

「ハルちん達がちゃんと終わりを見つけるまでそこにいて」

 ジッと警戒する奎介の隣で、マチネは密かに胸を撫で下ろした。酒呑童子に最も近いとされた鬼相手の戦略はやや不安が残っていたのだ。もがくほどに血が流れ出す茨木から目を背け、ひかりが霧に飲まれた方向を見やる。

「大丈夫かな」

「息の根を止めるまで、戦いは終わらないのだ……!」

 鉄が割れるような鋭い音がした。ハッとして顔を向けた瞬間、マチネの頭が強い衝撃に吹き飛ばされ首がねじれる。

「マチネッ!」

「……は、ぇ……?」

 頭が割れるように痛く、触れるとどろりとした感覚がある。舌先が動かなくなり、身体の芯から寒気が走った。

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