身体なくして

第231話「石ころ」

 魚眼レンズを覗いたように全ての景色が歪む。小さな水晶玉に閉じ込められて、ハルはひどく安堵した。あんなに強く胸を握られる感覚は初めてのことだった。がなる数多の声に引きずられて、自分も本音をぶちまけてしまったとハッとする。

「おおい、小娘や。息災であったかえ。と言ってもその姿では声も出せぬじゃろ」

「暴れてはないようですけれど」

「われの予想よりは冷静じゃったのう。玉菜前、ちと持っていておくれ」

 水晶の端まで目を寄せてみると視界はくっきりと通り、渓谷のような場所が見えた。朱塗りの扉をくぐり抜けるとどうやら部屋の中だ。千愛は大あくびをする。

「お前さんが目を覚ます少し前まで面倒を見ておったが、あの肉体はもう傷つけてはならぬ。次に手足がもげてしもうたら、二度とは生えぬ」

「占いだと彼女達は今頃、復興を終えて再出発の支度をしているはずよ」

 玉菜前はその後に、ハルを捜しに来るはずだとつけ足す。口を動かすが自分の声は聞こえない。やはり空気を震わせる声帯がなければならないようだった。

「われらの住処でしばし過ごすが良いぞ。天明の子がやってきたら会わせてやるからいい子にのう」

「そもそも、千愛様の結界からは逃げられないと思いますけど」

「違いないわい。豪気な娘とはいえ、能力ならば十六歳の人間じゃからな。さて……ここで良いか?」

 真上に天窓があり、空から渓谷を貫いてここまで光が通っている。外の世界はちょうど昼らしかった。熱でじわりと水晶玉の全体が温まっていく。

「ずっと光の通らぬ場にいては気も滅入るというものじゃ。天のゆりかごに包まれ、穏やかに眠れ」

 二匹は部屋を出ていく。縛り方がどうであれ、また閉じ込められた。本当にひかりに会わせてくれる確証もない。晴明に駆使される式神ならば、主を裏切る真似には出ないように思えた。

「おわ、きれいな石っころだぁ」

「姫さまがさわっちゃいけねっていってたっぺ? ちかづくもんでね」

 襖を開けて入ってきた子狸達には見覚えがあった。確か甘味の名であったように記憶しているが、身体の方に置いてきたのか何とも思い出せない。彼らは水晶玉の載せられた台座の周りを飛び跳ね、中を覗き込む。

「なかのたましいも、きれいだぁよ」

「んだ。きっといいひとだっぺな、こないだ手巾くれたみたいな」

 三組のまん丸とした瞳が水晶玉の中で輝いた。

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