第195話「拡大していく物語」

「あかりとは彼女が子供の頃からともにいました」

 アマテラスは宙に漂うように腰かけている。ひかりは近くの切り株へ座って、話に耳を傾けた。

「桜の季節が大好きな子でした」

「わたしの知っているお母さんと同じ、ですね。どんなに仕事が忙しくても、お花見だけは毎年連れていってくれましたから」

「ええ。そうですね」

 少しの間、二人とも言葉など交わさなかった。それぞれにあかりの姿を思い出してはまぶたの裏に描く。抱きしめてくれた温もりや手を繋いだ感触を、まだ薄く覚えている。

「あの子はあなた達に、自分が美しいと思うものを見せたかったんでしょう」

「……だと、いいですけど」

「あかりの考えていることが分からないといった様子ですね。無理もない話です。大切にされているのか、殺されそうになっているのか」

「お母さんは何がしたいんでしょう」

 本当に自分の悲惨な未来を変えるため、だろうか。それならば随分と遠回りで、歪で、心苦しい道のりだ。いっそ知らぬが仏とのんきに現世を生きていたかった。

「あなたを身ごもった時から、たまに言動が狂っていたことをもっと咎めておけばよかった。ああ、彼女が何をしたいのか分かりません」

「わたしもです」

「一番分からないのが、あなたとハルが出会ったことに勘づいた辺りから、何やら行動を変えたことです」

「え?」

「気づいていなかったのですか。……ならば」

 ふわりと着物の袖を翻してひかりに近づき、アマテラスの手が視界を隠す。その薄暗い視界に現れたのはどこかの一室だった。ジャスが不安げにベッドのひかりとそばでぐったりしているハルを見つめている。

「ハルが天明都へ向かう前夜です。確か夢を蝕む妖怪が現れたと聞いていますが」

「わたしはぼんやりとしか覚えてないんですけど……」

「では次です。ここで登場するのはシロウサギ、童話の具現化したものです」

 山の中腹でハルとシロウサギが対峙している場面だ。ひかりの見ていない時のことだろう。

「ここまでは外国の妖怪を用いてひかりに近づいていますが、子狸達とハルが出会ってからは態度が変わっています」

「そうでしょうか?」

「ええ。マチネとともに戻ってきてからの、鬼達の奇襲。戦場町での落ち武者の受肉、そして天逆海との衝突……。急に攻撃の範囲が街にまで広がっています」

 改めて言われれば、納得できる。アマテラスが次々と見せる光景のひとつ一つが胸に突き刺さった。

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