第163話「御遊び」
視界の右下へ広がる景色に足がすくむ。底が見えないほど深い渓谷の中程にある通路を歩いていたのだった。オロオロとするひかりの手にジャスが片手を差し出した。
「代わりでよければ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
渓谷は丸太や簡素な造りの吊り橋がデタラメにかかっており、あらゆる場所にくぼみがある。そこの奥から両目が光り、玉菜前と四人を見つめていた。次第に下の階層へ降りていく。玉菜前が足を止めたのは朱塗りの扉の前だった。くぼみへ埋められたように建物があるらしい。
「千愛様が直々に会っても良いとおっしゃっているわ。くれぐれも無礼のないように」
扉がひとりでに左右へ開く。足を踏み入れた先にあったのは、その入口から想像もつかないほどの広さを持つ空間だ。辺りへ青みの強い炎がちろちろと燃え、荘厳な室内を照らしている。
「お連れしましたよ。……千愛様?」
「おかえり千愛。すまんがちと待たせておけ」
「またやってるんですか」
六歳ほどの少女が緑の着物で目を覆い隠し、ほろほろと笑っている。何をしているのかと思えば次の瞬間、大声が響いた。
「もーいいかーい?」
「え」
周囲からまーだだよー、と幼い声がいくつも帰ってくる。唖然とする四人にため息をついた玉菜前が説明してくれた。
「千愛様はよく、子狸らの遊びに興じているのよ。今はかくれんぼね」
「昔はお前さんとも遊んでおったじゃろ。姫の座はなかなか退屈なものでのう、お前さんらもやらんか? 立っておっても暇であろ」
「かくれんぼ! ステキな響きデース、やってみたいデス!」
「あの、シスター。それはワタシにもやれとは言いマセンよね、流石に」
リリィが人差し指を立て、左右に振る。
「やるなら皆サンでやらなきゃ楽しくないデース、ジャスもヒカリも、ミドリも一緒ネ!」
「仕方ないなぁ……ぼく、結構得意なんだからね」
「われはお前さんらの顔を知らんから、自己紹介がてら親睦を深めようぞ。これ玉菜前、逃げるでない」
瞬間移動しようとしたのを呼び止めた千愛がまた笑う。この屋敷の中であればどこでもいいと告げ、三十秒からカウンドダウンを始めた。
「え、あの……!」
「妖怪娘のこと、知りたかろうて」
囁かれた言葉に胸元で両手を結ぶ。遊んでいる暇などないと言いたいところだが、総大将の御遊びに付き合うしかないらしい。ひかりは上への階段を見つけ、駆け上がる。四人が散っていき、玄関前の広間は静まり返った。
「五、四、三、二……一」
千愛が舌なめずりをした。
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