第126話「あの肉体」

 ハルと翠の背中が穴の向こうへ消えた。ジャスの穏やかな話し方は群衆、特に女性達には効果てきめんだったようで、混乱も今は落ち着いている。

「あ、いたいた。アマテラス様ーっ」

「戻りましたか」

 マチネの操る機器はアマテラスにはよく分からない。しかし文明の利器が大きな助けとなっていることは事実だった。

「ここがどういった類の特異点か判明したよー。初めて見る例だけど、内外に対して強力な反発力を持っているみたい。霊的なものを中に入れない、逆に外へ出さない効力を持つ場所だよー」

「つまり妖怪が入ってくることはないわけですね」

「うん。でもひかりちんに憑依したアマテラス様が出入りできることを考えると、人間と身体とくっついてればすり抜けられるらしいけどねー」

 アマテラスの灯した光のおかげか、まだ洞窟内に妖怪は湧いていない。マチネが続けて自説を展開した。

「神話に描かれてる岩戸隠れで不思議だったことがあるのー。なんで無理やり岩をどかして中に入らず、アマテラス様が顔を出すまで粘ったのか。もしかしたらこの場所の特性は、アマテラス様が作ったんじゃないのー?」

「どういう意味でしょう」

「他の神様が入れないように、強い力で他者を弾く結界みたいなのを張ってたんじゃないかな。その範囲から出てくるのを待つために、神様達はあえて岩戸をどかさなかった。その力の名残が現世で漂い続け、特異点として定着したー、とかね」

 確かに筋道の通った理論だ。千年より前の記憶がない今では確認のしようもないことだが、高天原の動きが現世に反映されることがあると、いつの日かオモイカネから聞いた。忘れた頃の自身が生んだものがこえして役に立つのなら、それほど嬉しいことはない。

「ありがとうございます、マチネ。本来ならば人を巻き込むのは好ましくないので、あなたは早く家に帰さねばとは思っていたのですが……。その洞察力と推理力を、つい頼りにしてしまいます」

「ウチは好きでやってることが世間のためになるなら、とーっても嬉しいよ。センセーの跡を継いでいつか、妖怪の謎を全て解き明かすんだー」

「そうですか。頼もしいですね」

 二人で笑い合っていると、ジャスが女性の波をくぐり抜けてこちらへやってきた。やや疲弊した様子の彼に労いの言葉をかけてやる。ふとマチネが顔を上げてジャスを見つめた。

「ジャス様は妖怪なのに、どうしてここに入れたんだろー?」

「ワタシは母が人間デスからね。魔女とはいえ、血筋として半分は現世のモノなのデスよ」

「ふーん、じゃあこの特異点の法則には反してないのか。……え、じゃあ、待ってよ」

 マチネが顔色を変えた。

「ハルちんは何なの?」

 心臓が跳ねた。この胸の痛みはアマテラスのものか、意識の奥に横たわるひかりのものか。三人は静かに唾を飲む。

「あの子は夜の姿からして、純血の人間ではないでしょう。ですが……もし、人間との混血児であったなら」

 言いたくはないのだが。

「あの肉体の、命が危ないです」

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