第110話「弟二人」

 ハルがサンマの骨を噛み砕いた瞬間、視界に社地の姿が入ってきた。昨晩のことなどなかったかのような落ち着きに呆れつつ、白飯を口にする。

「妻の料理はお口に合いましたでしょうか」

「おとめさん天才! ぼくこの家の子供になりたい」

「そう言っていただけたのならば何よりでございます」

 頭を下げつつひかりをちらと見やる。アマテラスは降りてきていない。ここは現世とその下の世界の狭間であるため、高天原の神が下ってくるのは難しいのだという。これは社地が教えてくれたことだった。

「わたくしどもの主からアマテラス様へ伝言を預かって参ったのですが、後に致しましょうか」

「どうせここを出るまで来ないんだから、私が伝えておくよ」

「ではお願い致します」

 社地は手にしていた書簡を広げ、仰々しく読み上げてみせた。予想を超えた内容に五人の箸が思いがけなく止まる。

「『必要なことを聞き終えたら一生顔を見せるな、くそ姉貴。もう一度でも変なことを口走ったら殺しに行く』だそうでございます」

「そんな真剣な顔でその文章は読んだらダメです……ふふっ、うふふ」

 ギャップがひかりの笑いのツボに入ったらしい。横から素早く翠の箸が伸びて、玉子焼きをさらっていった。ハルは自分の分をひかりの皿に移しながら、翠を睨む。

「スサノオは随分とシスターがお嫌いなんデスね。ワタシとしてはあり得ないことなのデスが」

「姉弟の形も色々ってことだねー。ウチは多分一人っ子だしよく分かんないけど」

「これってなかなかまずいんじゃないのか。あの世で死屍子を管理してるカミサマなんだから、へそ曲げられたら困るぞ」

「主は聡明な方でございます。取捨選択は決して間違うことのない方だと、眷属として自負しております」

「そうか。悪く言ったようでごめんな」

 ハルは素直に謝る。この姉弟が袂を分かった原因はよく知らないが、記憶をなくしたことには関係があるのだろうか。

「……記憶と言えば、今日はアマテラス様の持っていたはずの記憶を教えてくれないか」

「残念ながら、わたくしどもはあくまで人でございますので、人智を越えたお方のものまでは記録してございません。神のみぞ知る、という謂れがあるのはそのためなのでございます」

「やっぱりそう簡単にはいかないか」

「申し訳ございません」

 ですが、と言葉を続けて社地が下げていた顔を五人へ向ける。

「わたくしども社地家、総力を挙げて皆様のお力になれればと思っております。何かあればどこの山でも、化け狸を呼び求めてくださいませ」

「……ん、狸だと」

「はい。彼女が開く妖道ならば、この屋敷へ入ることができます故。化け狸には社地と告げれば伝わるはずでございます」

 まさかここで百鬼夜行とぶつかろうとは思いもよらなかった。ハルは首をすくめた。

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