第102話「仕事の山」

 翠が育ってきたのは地方の小さな街で、現在では妖樹市となっている。特異点の発生により形状や生活が変わった場所は大抵が名前を変え、特異点であることを売りにしている。物珍しげにそれを観光にやってくる者達は多いらしい。その一方で、妖怪による惨殺事件や誘拐、放火も増加し続けている。

「力もないのに危険なところに行こうだなんて、人間の考えることは分からない。自分は襲われないとでも思ってるのかな」

「すみませんッ、もう来ませんからァ!」

 人間の女の顔をした大蛇の首をひねり上げ、動かなくなったのを確かめて放り投げる。危うく絞め殺されそうになった人間の男はズボンを濡らし、ガタガタと震えていた。ハルが淀んだ赤眼を向ける。

「まあアンタの好きにしたらいいけど。私はたまたまアマテラス様に指示されて助けただけだから」

「あ……ありがとうございますッ!」

「もう見知らぬ女を暗がりに連れ込もうなんて思わないことだ」

 アマテラス達のもとへ歩き始めながら、ハルは肩を落とさずにはいられない。とある人物に会うためにこの街へ来たはずなのだが、何故妖怪退治をする羽目になったのだったか。首輪がくんっと引かれ、やや駆け足になりつつ車へ戻った。

「今度は何だって?」

「東の麓に山姥だそうです。さっさと退治してきなさい」

「はいはい。……なんでアマテラス様はやらないんだ」

 口を尖らせるハルの鼻がギュッと摘まれ、間抜けな表情になる。アマテラスの顔が近くなり脅すような視線を向けられた。

「わたしの力は強大ですので、街の一部分まるごと吹き飛ばしますよ。あなたは体感したでしょう」

「そうだった、私が悪かった」

「理解したのなら早くなさい。この依頼を全てこなさねば会えないのですからね」

 はらはらと手を振り、ようやく解放される。軽くその場で勢いをつけ、矢のように道路へ飛び出した。ハルの気苦労も知らずに人間はのんきに辺りを見て回っている。

「何が面白いんだか」

 かしゃんかしゃんと鎧を鳴らす武士の亡骸達の間をすり抜け、足元の刀であったものを踏みつけた。ここは戦場町いくさばちょう、戦国時代の遺物を引き寄せてしまう特異点の街である。

「やれやれ……」

 武士達を見に来た人間をエサにしようと、武士でない妖怪まで寄ってくる始末だ。いっそこの歴戦の先人らを成仏させる方が早いとも思うのだが、ハルにはその術がない。

「ああ……めんどくさい」

 ジャスもどこかで妖怪を相手にしているはずだ。よほどのヘマをしなければ大丈夫だろうが、肉弾戦が苦手だと言っていたのは心配だ。

「この国の妖怪は自分の肉体で勝負する奴がやけに多いからな、私もだが」

 それは己を誇示する武士の気風が妖怪にまで染みついているせいか。青白い彼らを横目に見ながら速度を上げる。遠くにいくつもの狼煙が見えた。山が近い。

「ひいぃッ、助けて!」

「走り回らなきゃいけない部下の身にもなってくれないか、アンタ。ちょっと倒させてもらう」

 鋭く光を反射する包丁に目を細め、ハルは子供を背中に隠すように立ちはだかった。

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