第60話「都落ち」

「もしもしジャス、そっちはどうだ」

『元気にやってマスよ。随分とご無沙汰でしたネ。まあこちらはずっと、貴女をテレビで見てましたケド』

「あぁ……大学の件か。そういえばどう言われてるのか確認してなかったな」

 ジャスの大きなため息が聞こえる。

『妖怪研究科の教授とその研究生達を惨殺、一人は誘拐もう一人は重傷デスって。貴女、派手にやりすぎでは?』

「私がやったわけじゃない」

 ハルが訴えると適当な答えが返ってくる。マチネは隣で息を潜めていた。ハルは一度深く息を吸い、一番話したかったことを切り出す。

「そっちへ帰ろうと思うんだ。情報も結構手に入ったから、ジャスの意見を聞きたい。電話じゃ長くなるからさ」

『はあ……それは構いませんが、そこからどうやって逃げ出すんデス? そもそも貴女、周りの様子見マシタか?』

 電話機を目いっぱい引っ張って外を見下ろした時、電子音の向こうでひかりの声がした。

『ジャスさん! ハルが顔を出しましたよ』

「なッんだ、これ……!?」

『とっくに顔を映されて指名手配犯デスよ貴女。連れのレディも大学から被害届が出されてマス、顔もバッチリ公開されてマスよ』

「あぁもう、めんどくさいなぁ。とりあえず、二日か三日したら帰る」

『ハイハイ』

 電話を叩き切って、一瞬の静寂。が次の瞬間、マチネが思いきり息を吸い込んで早口にまくし立てた。

「めっちゃ外やばいじゃん、どうするのー! これってウチも捕まっちゃうのかな、心配になってきた」

「妖怪が絡んでる案件じゃ大体、人間は被害者だから安心してくれ。あとマチネ、バンジージャンプは好きかな」

「えっ嫌いじゃな……きゃああああああッ」

 マチネを抱き上げるのとほぼ同時に回し蹴りを決めると、窓ガラスが派手な音を立てて砕け散った。外のムッとした空気とともに、下からとてつもない騒ぎ声がする。リュックをしっかりと抱き締めさせて、ポンと飛び出す。耳元でひゅうんと鋭い風音がした。

「アンタら、どきなァ! 踏み潰されたいのか」

「化け物が降ってくる……ッ」

 コンクリートの黒々とした地面に降り立つと、無数のテレビカメラがハルを取り囲んでいた。そのうちの一つを捕まえて声がけをする。

「奎介、もしこれを観てるならよーく聞いてほしい。マチネは私が護るから、アンタは正気に戻っていてくれ」

 胸に抱かれた彼女の顔色が変わる。どよめくメディアの隙間を抜け出して、通りを駆け抜ける。走ることは得意だった、このままどこまででも走り続けようと思った。

「アンタがいてくれると撃たれなくて楽だね」

「こんな街中で銃なんて、被害が大きくなるでしょ馬鹿ぁー! むしろ外に出てからどうするの、撤退戦が一番きついんだからね!」

「さっき言った通り、私が護るさ。腹ごしらえも兼ねて」

 舌なめずりをして見据えた先に関所と大量の軍隊がいた。硬く防御された盾を簡単に飛び越え、蹴り飛ばし踏みつける。ナイフで襲いかかってくる者は手に噛みついて喰ってしまう。マチネに血がかからないように細心の注意を払い、着々と腹を膨らませた。

「んー、弱いな。妖怪退治がしたいなら専門家でも呼ぶことだね」

「くそッ、汚らしい妖怪め」

「私は今両手が使えないが、アンタらはこの人に怪我をさせられないから荒っぽくもできない。もう一生箸も持てないような奴らを増やさないためにも、ここは引いた方がいいと思うなぁ」

 それに同感だったのか、一部が動揺したらしかった。その隙を突いて押し通り、検問所を飛び越える。背を見せた瞬間、撃鉄を起こす音が無数に響いた。

「撃てェーッ!」

 激しい炸裂音と背面にぶち当たる弾丸の摩擦に、ハルは短く呻いた。それでもしっかりとした足で着地して、再び猛進を始める。

「ひかりのところに帰る、止まらないで一気に!」

 力が抜けそうになる両足を無理やり前に踏み出させ、山への一本道を駆け上がっていった。

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