第59話「雑談と報酬」
「そういえば、そろそろお給料支払わなきゃねー」
「うん?」
ビュッフェ形式の朝食を摂りながら、ハルは目の前のマチネを見上げた。バターをたっぷりと塗ったパンに大口で食らいついたマチネはハルと目が合うなり、こっち見ないでよと言うように睨みつけてくる。ハルは仕方なく手元のベーコンに視線を下ろした。
「んーっ、バターさえも超美味しー! ウチ今一番幸せかも」
「ならいいけどさ」
「君って普通の食事も摂るんだねー。栄養素として摂取できてるの?」
「まあ人間とほぼ同程度には。でも私は消費するエネルギーが莫大だから、そんなにちまちまと皿で出されて食べられないよ。ちなみに、人間からは一日の食事の何十倍ものカロリーが摂れるんだ。五十倍あればいいかな」
「ふーん……つまり君が一日に150食くらい食べさせてくれるお金持ちと結婚したら、世界は平和になるってことかー」
「150食分じゃあすぐに腹が減るよ。せめて三人分欲しいな」
「450食! それは無理だねー」
朝からややグロテスクな会話を繰り広げつつ、二人とも皿を綺麗にして席を立った。椅子を押し込んだところでハルは、会話の始まりをフッと思い出した。
「そうだ、給料」
「あ、そうだったねー。君はいろんなテストに耐えてくれたから、ちゃんと昨日まとめておいたんだ。ホテルの人に紙とペン借りてね!」
「私はあまり字が読めないんだが……」
「大丈夫。ウチが説明するためのメモ書きだから、ちゃんと教えてあげるよー」
部屋に戻った二人は窓際の椅子に腰かけて向かい合う。初めにマチネが切り出したのは特異点についてだった。
「前に話したと思うけど、特異点が全国各地にできてるんだ。そこは一般にあの世って呼ばれてる「根の国」と最も触れ合っている境界面で、妖怪が溢れ出してくる場所なんだー」
「根の国?」
「スサノオっていう神様が治めてる国で、死んだら皆そこに行くんだよー。つい半世紀前までは祖先達の迷信だと思われてたけど、妖怪の出現に伴って本当にあることが分かっているよ」
「ふむ。またカミサマか」
「死屍子は本来、根の国に封じられてるの。それが千年に一度、特異点が広がることで私達の世界に来ちゃうわけねー。スサノオはアマテラスの弟だから、この姉弟が二つの世界で死屍子に関わってるみたい」
「ふぅん」
ハルの耳にはアマテラスの小さなため息が聞こえている。それはあえて口に出さず、ハルは続きを待った。
「死屍子は人間の想像で生まれた、鬼や河童の類とは違って、人間の憎悪や欲求の具現化に近いのかもしれないって言われてる。ここはまだ研究段階なんだよねー」
「鬼みたいなのと死屍子で、生まれ方以外に違いってあるのか?」
「想像の具現化は書物なんかに強さの記載がよくされてるから、能力値が固定なんだ。一方の感情の具現化は、人々がそういう感情を持つほどに能力値が高まるし、逆もあり得るのー」
「何かを憎いと思う奴が増えるほど、力が増すってことか。めんどくさそうだな」
「本当にねー。じゃあ次の論題に移るけど──」
緩やかなノックの音が響く。一瞬殺気を表したハルにマチネがくすりと笑って、ホテルの人だよと優しく諭す。そうして明るく返事をして扉を開けると、何やらダンボール箱を抱えたベルボーイが礼をした。
「リリィ=フランネツィカ様からお荷物でございます。重たいですのでこちらへ置いておきますね」
「ありがとー」
ベルボーイは二人の顔をジッと見つめ、踵を返し立ち去った。中身はハルのリュックだった。洒落た枠のメッセージカードが入っていて、ハルのためなのか文章はひらがなで書かれていた。
「『わすれものですよ。おっちょこちょいですね』って、あんな状況じゃ仕方なかったよ……。ん、マチネ、ここは?」
「『You are being silly!』……あなたは馬鹿ね、って意味だねー」
「私が読めないからって好き勝手言うなぁ、後でジャスに文句言ってやろう。ん……ジャス?」
ハルはバッと電話の方を見た。
「電話かけてない!」
番号のメモなどもリュックに忘れたので、もちろん昨日かけられるわけはないのだが、昨日はそのまま眠ってしまったのを思い出す。ハルは慌ててダイヤルを押し始めた。
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