第37話「心配性」
「い……てて」
肩に何かが食い込む痛みで目を覚ましたハルは次の瞬間、さらに爪が刺さってきたことに悲鳴をあげた。
「うおああッ、肩が壊れる!」
「あ……。目が覚めたんデスね、よかったデス」
目の前にある桃色の癖っ毛がさらに乱れていた。視線を交えた二人は互いに小さく息を吐き、頷く。ジャスの眉は情けなく下がっていた。
「よく戻ってこられマシタね。バクを殺すと自力では精神世界から抜けられないことを伝え損ねたノデ」
「少し手が遅れてな、そのおかげでぎりぎり間に合ったみたいだ。……ひかりは?」
「貴女の背後デス」
ハルは床に座り込んでベッドへ背をもたせていたのだ。首を横へ向けると静かに寝息を立てるひかりの顔が見えた。精神世界へ入り込む前と変わらない姿に、密かに眉をひそめる。
「帰ってきたんだよな」
「夢の質量は元に戻っていマシタから、おそらくは。バクを殺したことで完全に元通りになっているようデス」
「ならいいんだ」
首輪にそっと触れ、その先を意識する。白銀の糸が現れ、あっという間に空気に溶けた。ぼんやりとそれを繰り返していると、まるで糸が規則的に呼吸しているかのように見えた。
「よかったデス……本当に、帰ってきて……」
「しょんぼりした顔して、いきなりどうしたんだ? 戻るのは当然だよ」
「ワタシ達の父は誰かの夢へ入り込んだきり、二度と会えなくなってしまったのデス。熟練された夢魔ですら帰れない世界デスから、貴女は特段心配デシタ」
「そうだったのか」
普段、飄々とした態度のジャスが珍しく弱っていた。家族のこととなると違う人格があるかのように、小さくなって怯えるのだ。立ち上がってジャスの前に立つ。
「……ほら」
ジャスの胸元へとっ、と拳を立てた。目を丸くしたジャスに威勢よく笑いかける。
「ちゃんといるだろ、ここに生きてる身体がある。まだ分かんないか? 殴ってやろうか」
「……
「なんだって? 私は外国の言葉なんて分からないぞ」
きょとんとしたハルの顔がよほど間抜けだったのか、ジャスがフッと笑った。
「How strong and wonderful a girl you are!」
「おい、分からないからって馬鹿にして……意味を教えてくれ」
「フフフ、貴女はイノシシのように恐ろしい少女デスねと言いマシタ。貴女に殴られたら死んでしまうカモ」
「流石に加減はするよ、一発試してみるかアンタ」
ジャスは明るい顔つきになり、ハルも笑い始める。日の出も近づいていく中、窓辺で腹を抱えて笑い合った。その窓が少し、濡れ始めていた。
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