第29話「一夜の別れ」

「そういえば夕飯って言ってたけど、まだ日が落ちてないな。わざとか?」

「フフ、妖怪の出したモノなんて食べたくない、と言われたら悲しいでショウ? 栄養も不足しマスし、今のうちにネ」

「私が皿洗うよ、美味しいもの食べさせてもらったからな」

 ハルが流しの前に立ってテキパキと皿を洗っていく。そういえばあかりと暮らしていた頃は人間として街中で暮らしていたのだと、アマテラスはぼんやりそれを見つめた。

「そろそろアンタとはお別れだな、アマテラス様。今のうちに私の姿、よく目に焼きつけておいてくれ」

「何故です?」

「その記憶がひかりに渡って、私のことを少しくらい好きになってくれるかもしれないだろ。家事のできる人喰い妖怪は滅多にいないからな」

「……そういえば、どうして無差別に人を襲わないのですか」

「んー、あかりとの約束だからかな。妖怪の欲求に染まるなっていう、こっちからすれば死活問題な話だけど」

 ころころと笑ってまた手元へ視線を落とす。律儀な妖怪だと呆れつつ、アマテラスはだんだんと身体が重くなるのを感じた。窓の外を見るともう空はだいぶ暗い。

「それでさ、悪い奴らしか喰わない約束なんだけど。……アマテラス様?」

 彼女が眠りの淵へと落ちていったのに気づいて、ジャスが毛布を持ってきていた。二人は目を合わせてくすりとし、ソファへもたれている体勢から横にしてやる。

「とりあえず起きたら、この家のこととか説明してやらなきゃな。自己紹介も兼ねて、ジャスから話してくれないか」

「構いマセンよ。念のため、姿は人間に変えておきまショウ」

 ジャスが指を鳴らすと髪色が金になり、空色の瞳が落ち着いた茶に変わる。大した技だとハルが感心すると、恭しく一礼してみせた。ジャスはどんな姿にも自身を変えられるらしい。

「一夜の別れの後にはようやく、お嬢サンのお目覚めデスね。どのような方か楽しみデス」

「腹が膨れたばっかりだし、しばらくの間は寝てると思うけどな。そもそも昼間だって動いてるのに、夜にまで起きてたら身体壊すよな」

「ふむ……。そこはワタシの力でどうにかしてみせまショウ。もう妖怪は元気になる時間デスから、たやすいものデスね」

 妖怪は二匹揃って頷いた。

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